池澤春菜が薦める文庫この新刊!
- 『セミオーシス』 スー・バーク著 水越真麻訳 ハヤカワ文庫SF 1145円
- 『方壺(ほうこ)園 ミステリ短篇傑作選』 陳舜臣著 日下三蔵編 ちくま文庫 994円
- 『火星の遺跡』 ジェイムズ・P・ホーガン著 内田昌之訳 創元SF文庫 1296円
(1)荒廃した地球をあとにし、新天地を求めたわずか数十人がたどり着いたのは、植物が支配する星だった。パックス(平和)と名付け、新しいスタートを切った人類に、食物としていた果実の有毒化、感染症や不妊など、様々な問題が降りかかる。積層された7世代100年の物語が描き出す大きな流れ。知性を持つ植物たちと、人は共存できるのか。
古典SFの『地球の長い午後』『トリフィド時代』『カエアンの聖衣』『グリーン・レクイエム』、最近だと『コルヌトピア』、植物をモチーフとしたSFは数多くあるが、その系譜に連なる新たな佳作。
周囲を壁に囲まれた、まるで四角い壺(つぼ)のような箱形の建物で、名高い詩人が殺された。
(2)は、ミステリーと歴史小説の名手による素晴らしい短編集。美しいトリック、端正な文体、詩情あふるる9話の短編はいずれも大変、質が高い。謎を解くのは名探偵ではない。それぞれの人物がそれぞれの心情をもって、犯行に相対する。登場人物たちの心情に踏み込みすぎない冷静な距離感、着地の見事さが読んでいてとても心地よい。
SF界の重鎮による新刊(3)。気宇壮大にして自由闊達(かったつ)、しっかりとした科学考証に裏付けされた抜群のエンターテインメント性、そして広げに広げた大風呂敷を痛快に畳んでみせる結末。その魅力は今作でも堪能できる。
火星で行われた瞬間移動技術の人体実験は、成功したかに思われた。だが、被験者となった科学者の周りでは奇妙な事件が相次ぐ。一方、1万2千年前の巨石遺跡を調査していた考古学遠征隊には、ツタンカーメンの呪いさながら、次々と不運が訪れていた。二つの謎をつなぐ鍵とは。
主人公の紛争調停人キーランのキャラクターが魅力的。洒脱(しゃだつ)で、頭が良く、ちょっと悪者。さらにキーランの相棒で、ドーベルマン×ラブラドールのミックス犬ギネスがめちゃくちゃ可愛い。このコンビ、また活躍してくれたらいいのにな。=朝日新聞2019年1月19日掲載