なんでも“ズルズル”“ネトネト”としたものは旨(うま)い。それも、どちらかというと動物質のそれがよろしいな。
例えば、アヒルの水かき。ロンドンの中華街に行くと、「紅焼鴨掌(ホンシャオヤージャン)」というものを出す店がある。これこそアヒルの水かきのついた脚ですね、あれを揚げたり煮たりして、全体を赤茶色く煮込んだもので、その風味は醤油(しょうゆ)とさまざまのスパイスの合わさった、まことに奥深いものである。で、あのアヒルの脚先そのものの形をパクッと口に放り込んで、もうゼリー状になっている表皮や水かきがズルズルと骨から離れてくるのをば、こう……扱(こ)き取って食べる。口中にゼラチン質が溶け出して、まことに天下の珍味である。
魚も同じ。例えば鯛(たい)の頭(かしら)。あれなどは、二つ割りにして塩焼きにしたのでも、あるいは甘辛く煮たのでも、その頭蓋骨(ずがいこつ)の内部にそちこち充満しているズルズルの軟体的な部分、目の周囲、唇のあたり、そこらへんを、それこそ骨まで愛してという勢いで、一片だって見逃すまいと啜(すす)り喰(く)うことの醍醐(だいご)味こそが、鯛を食うことのもっとも切なる味わいだと言うても過言でない。
かの「辻留」の辻嘉一さんも、「タイの頭は二つに切り、つけ焼きにして(略)なりふりかまわず、むしゃぶりつく――といった食べ方でなくては、皮肉骨髄の隅々までも吸い取ることができず、真の醍醐味は得られません」と書いている。名人にしてこの言あり。
獣では筋(すじ)がよろしいな。私がもっとも愛好するのは豚の筋(腱〈けん〉)である。牛筋はおでんに入っていたりするのでよくお目にもかかるが、豚筋はそれほど一般的でない。しかし、これをよくゆでこぼした後、細く切って、生姜(しょうが)と和して酒と味醂(みりん)と醤油と砂糖で、淡く甘辛く、ことことと長時間煮たものは牛筋のおでんなどは恐れ入って平伏するくらいの美味である。筋そのものもすでに軟化して歯に優しい感じに崩れ、しかもその煮汁はコラーゲン等が溶融して、冷やせば上等なる煮凝(にこご)りになる。豚肉は牛のような臭みやアクがないから、その煮凝りも上品至極なもので、こいつを食べた後では、口のまわりにコラーゲン的なネトネトが感じられて、まことによろしい。
さらに素晴らしいのは、スッポンのズルズルネトネトで、あのエンペラというところの半透明なズルズルは、もっとも味わい深いものがあり、さらにその脚や首のあたりの骨に纏(まと)わっているズルズルに至っては、まさにズルズル界の帝王というも過言でない。これを八角を利かせた中華風煮込みでも、和風の炭火焼きでも、まあ味わった日には、命が延びて膝(ひざ)も腰もしゃんとするかと思われる。すなわちこれは旨いだけでなく、薬膳的な名品でもある。嗚呼(ああ)、善き哉(かな)ズルズルネトネト。=朝日新聞2019年1月19日掲載
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