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カルチャーがクロスオーバーする鈴鹿・四日市を盛り上げたい YUKSTA-ILL

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

 日本のヒップホップにおいて東海地方といえば、まず最初に思い出すのはTOKONA-X、そしてAK-69だろう。2010年代半ばごろからは新世代のラッパーたちが台頭するようになる。今回紹介するYUKSTA-ILLは三重県鈴鹿を拠点に活動するラッパーで、呂布カルマ、CAMPANELLA、C.O.S.A.らとともに、東海地方の新しいヒップホップの流れを作った。

 「東海地方の人間はみんな名古屋に集まってくるんですよ。クラブも多いですし。それに比べると、俺が住んでる鈴鹿は本当に小さな町。絶対数が都会より少ない分、隣町の四日市を含めた音楽シーンはレゲエだったり、ハードコアを中心としたバンドの人達も近くて、クロスオーバーしています。純粋なヒップホップのシーンに限っても、地方では長野・松本のMASS-HOLEくんとか、神奈川・藤沢のDLiP RECORDSみたいに音楽性が定まっているところが多いけど、鈴鹿や四日市はもっと雑多ですね。でも俺はそれが特色になればいいと思っています。

 2ndアルバム『NEO TOKAI ON THE LINE』を出したあたりから自分たちでイベントを始めたんです。人が全然入らないこともあるし、その都度『もうやりたくない』って思う(笑)。けど、やっぱり“場所”って大事で。昔先輩たちがやってたイベントに通ってた自分がいまラッパーになってたりもするし。だからいまはコツコツと育ててるような段階ですね」

アメリカンイングリッシュには言葉遊びが日常に入り込んでいる

 そんなYUKSTA-ILLが最初に紹介してくれた本は、彼のラッパーとしての歴史を振り返るような1冊だった。

 「『Understand Rap: Explanations of Confusing Rap Lyrics that You & Your Grandma Can Understand』という洋書ですね。仲間のATOSONEからもらいました。直訳すると『ラップ教本:難しいラップの歌詞をあなたやお祖母ちゃんにもわかるように説明します』みたいな感じ。実は10代の頃、アメリカに住んでたことがあって。だから英語は普通に読めるし、聞き取れるんですね。でも会話に関してはだいぶ衰えちゃってて。

 これはラッパーの歌詞をトピックごとに分けて、これでもかってくらい平易に解説した本なんです。例えばファボラスの『Throw It In the Bag』にある『Bag full of chips.We ain't talkin' ruffles』というライン。これ直訳すると『バッグにはチップスがパンパンに詰まってる。rufflesの話じゃねえけどな』みたいな感じ。『ruffles』というのはお菓子メーカーの名前なんです。カルビーみたいな。だから『chips』というのはポテチのことじゃなくて、お金を表すスラングなんですよ。こういうのって、普通に聴いてるとピンとこないまま流れていっちゃう。だから向こうのラップを聴いてて、埋もれてしまいがちな面白い表現だったりをこの本がピックアップしてくれてます。自分はそこから辞書を引いたりして、理解を深めていますね。

 英語って言葉遊びがすごいんですよ。ラップだけじゃなくて、スポーツの実況でも解説の人が選手の名前で韻を踏んで遊んだり。俺はそういう英語のニュアンスが好きだから、いつも日本語でできることを模索してます。英語って一小節に組み込める言葉の数が日本語よりも多いと思ってて、1stの頃は英語と同じくらい一小節に言葉を詰め込んでみたり。そしたら歌詞カードを見ながら聞いても追えないくらい、聞き取りづらいラップになってちゃって。あれはあれで気に入ってるんですが、いろいろ活動している中でもっと伝わるラップをしたいと思うようになったんですよ。あとアメリカでは、ラップでもみんな当たり前のように一緒に歌う。町を歩いてるとヘッドホンしたやつがブツブツとラップしてたり(笑)。その感じを日本でも実現させたいなと思ったんです。だから今回の3rd『DEFY』は勿論、2ndあたりから歌詞カードを見なくても聞き取れるくらいのラップを意識してます」

YUKSTA-ILL “TILL THE END OF TIME”

ビートたけし、Shingo☆西成、ケンドリック・ラマー。ヤバいヤツの“間”

 2冊目に紹介してくれたのはビートたけしの『間抜けの構造』という新書。間抜けとは間が悪い人のこと。人生経験豊富なたけしが、芸人や映画監督として追究してきた間について言及する。YUKSTA-ILLはラップのグルーヴという視点から本書を読んだという。

 「この本ではたけしにとって“間”がいかに重要なものかが語られています。漫才や映画、ドラマといった彼の得意分野はもちろん、ディベート、政治、生き方。着眼点がすごいし、納得する部分も多かった。

 これを読んで思い出したのは、ずいぶん昔にShingo☆西成さんが教えてくれた『ラッパーにとっての武器は言葉と音と間』という言葉と、1stアルバムを出した後にATOSONEからもらった『今後は間の使い方を意識したほうがいい』というアドバイス。この2人の言葉があって、俺は言葉を詰め込むことより、間を作ることに意識を向けるようになったんです。

 実はグルーヴって言葉と言葉の間に潜んでて。代表的なところだと、ケンドリック・ラマー。彼のラップは間の取り方がすごい。『普通そこからラップしないでしょ?』みたいなとこで歌い始めたりする。どうやってるのかもわからない。話は逸れましたが、この本はラップの教則本ではないんですが、すごく勉強になった一冊です」

挫折を経験した田臥勇太の言葉が沁みた

 YUKSTA-ILLは、NBAの討論番組(英語)をYouTubeで見ることが趣味だというほどのバスケマニア。そんな彼が最後に紹介してくれたのは、LA在住のスポーツライター宮地陽子がまとめた田臥勇太のインタビュー本『アメリカ留学体験記 Never Too Late―今からでも遅くない』だった。日本人初のNBAプレイヤーとして知られている田臥だが、本書ではその前日譚にあたる大学時代が語られている。

 「俺がアメリカに行く前、中学生の頃に初めて田臥を生で見ました。千葉のインターハイでした。もう一人で際立ってましたね。その後に進学した高校もバスケの名門校で。アメリカに留学して、実業団に行ったことは知ってたけど、詳しい経緯はよく知らなかったんです。この本は田臥が実業団と契約した直後くらいに出てて、アメリカ留学について振り返っているんですよ。でも実は田臥にとって留学はあまりいい経験ではなかったようで。コーチの指導法が合わなくて、3年で退学して日本に帰ってきてるんです。その後、日本初のNBAプレーヤーになったことを知ってるから、余計にすごく意外でした。

 大学を辞める時、田臥自身ものすごく悩んだらしいんです。挫折したというか。そしたら彼の友達が『別にここで終わりじゃない』って励ましてくれたらしくて。その言葉で田臥は吹っ切れて、大学を辞める決断をした。本の中でも田臥は常に“Never Too Late―今からでも遅くない”というマインドを持ってて、何かをやる際に遅いなんてことはないって言ってるんですよ。この言葉は俺にとってもすごく大きなものになりました。しかも彼はまだ現役で活躍してて、Bリーグでは所属チーム・栃木ブレックスを初代チャンピオンに導いてる。めちゃくちゃカッコいいですよね。

 実は三重にもやっとクラブチームが発足したんですよ。Bリーグは3部まであるんですが、まずはそこに食い込みたいですね。サイプレス上野くんは横浜のチーム・ビー・コルセアーズの試合でライヴしたり、SEX山口氏も川崎のブレイブサンダースの試合でDJしてる。あと今シーズン滋賀レイクスターズにいる選手が鈴鹿出身なんですよ。彼の実家はうどん屋なんで、今度『DEFY』のCDを持っていこうかと思ってて(笑)。鈴鹿は色々クロスオーバーしてる町だし、ヒップホップとハードコアとバスケが一緒になって盛り上げていけたら最高ですね」