押さえてほしいツボを全部押さえてくれている
――『翔んで埼玉』は、徹底的に埼玉をディスったファンタジー&コメディ作品です。それをベースとした実写映画版も原作の面白さをしっかり踏襲していて、観ている間中ずっと笑いっぱなしでした。先生が映画を最初にご覧になった時の感想はいかがでしたか?
率直に言って面白いなと思いました。ただ初めての試写会だったので、自分はおかしいと思うけれども、お客さんはどう感じるだろうかという心配もありました。しかも後ろには二階堂ふみさん、GACKTさん、京本政樹さんをはじめとした、制作側の人たちが座っていましたし。
でも後でいろいろな方の声を聞くと、やっぱり面白いんだなあと思って。不思議なことに「泣いた」という人が結構いるんですよ。ネタバレになるので詳細は言えませんが、加藤諒くんのあるシーンで。
――すみません。ずっと笑っていました……。
いや、それでいいと思いますよ。泣ける方がおかしいと思う(笑)。
とにかくこの映画は、監督(武内英樹)のセンスが素晴らしいんです。たまに、ツボを器用に外す下手なマッサージってあるでしょう?「違う違う、そこじゃない!」という。でも監督はその逆で、押さえてほしいところを全部押さえてくれているから、観ていて気持ちがいい。
馬鹿馬鹿しいことをどれだけ真面目にやるか
――魔夜さんは「自分が作ってもこうするだろうなぁと思うことを全部やってくれている」とおっしゃっていますね。
そう、それ以外のなにものでもないです。やっぱり似ているんですよ、感じ方が。まったく別の感性を持ってる方だったら、こういう作品にはならなかっただろうし、そもそも私の原作を選んでない(笑)。共通するところがあるから、この原作で映画を作りたいと思われたんじゃないでしょうか。
あとは「馬鹿馬鹿しいことをどれだけ真面目にやるか」ということですね。コメディは真面目にやればやるほどおかしくなるものだから。
――お気に入りのシーンを挙げるとしたらどこですか?
好きなのは群馬の空を飛ぶプテラノドン。あそこが一番ツボでしたね。私だったらUFOを飛ばしたかな。どっちかでしょうね、UFOか恐竜か。
上海での試写会は日本以上にウケていた
――主役の二階堂さんとGACKTさんはともに沖縄県出身ですが、共演の麻生久美子さんは千葉県出身、夫役のブラザートムさんは埼玉県出身、その娘役を演じる島崎遥香さんは埼玉県出身など、キャストの出身地にもこだわっていますね。
私のマンガと一緒で小ネタが多い(笑)。千葉と埼玉で決起するシーンでは、本当なら大宮なら大宮、浦和なら浦和で、地元出身の役者さんを使いたかったと聞きましたが、さすがにそれは無理だったと言っていました。
――『翔んで埼玉』は関東地方が舞台になっていますが、他の地域でも似たようなご当地バトルがありそうです。
実は上海でも試写会をやっているんですけど、スタッフも最初は「中国では理解してもらえないだろうな」と思っていたんですって。ところが実際にやってみたらバカウケで、日本での試写会よりウケたと聞きました。
つまり中国には中国の「埼玉・千葉問題」があるということですよね。「ここの都市とここの都市は仲が悪くて、こっちの都市はエラそう」というような。そういう地域格差は世界中どこの国にもあって、それで笑えたんじゃないかと。
GACKTだから成立した作品だった
――魔夜さんは、冒頭のGACKTさんが飛行機を降りて歩いてくるシーンを見た瞬間「これはいける!」と思ったとか。
あそこで若い薄っぺらなイケメンが出てきていたら、もう終わってます。あのシーンだけで、この映画の世界観に引きずり込まれるわけですよ。大げさでなくGACKTさんの登場シーンは秀逸だと思います。
――GACKTさんを高校生役で起用した、監督の英断も素晴らしいです。
阿部寛さんをローマ人だと言い切る人ですからね(笑)。GACKTさん自身もマンガやアニメが好きで、実写化された作品をいろいろ観てきたそうなんです。ところが原作は面白かったのに、映画になるとつまらないものがたくさんあると。だから自分が演じてそうなったらどうしようと、一旦は依頼を断ったんだとか。それでも監督は再度オファーして、「ならばやってみよう」という流れになった。
結果、見事にハマっていましたね。まさにGACKTさんだから成立した作品だったと思います。
目に見えない何かに導かれた『翔んで埼玉』
――映画の原作である『翔んで埼玉』は、1983年から雑誌連載されていた作品です。その後、30年以上が過ぎた2015年にコミックスとして宝島社から出版されたわけですが、そこにはどのようないきさつがあったのでしょう?
事情に詳しい宝島社の編集者が来ているので、彼に説明してもらいましょう(笑)。
宝島社・薗部真一さん 僕は『このマンガがすごい!』という媒体をやっているんですが、魔夜先生のお嬢さんがSNS上で魔夜作品を紹介されていたんですね。そうしたらそれを見たあるサイトが取り上げてネット上で盛り上がったんです。それを見た『このマンガがすごい!』の複数の選者さんから「『翔んで埼玉』を復刊すべき」と薦められたのがきっかけです。先生にご相談したら快諾していただけたので、あらためて単行本として出すことになりました。
――それがなかったら今回の映画化もなかったわけですから、すごいですね。
なるべくしてなったという感じですね。目に見えない何かに導かれたというか。
今年の5月か6月あたりには、『パタリロ!』の実写映画の公開も予定されています。本当は『翔んで埼玉』も『パタリロ!』も去年公開されるはずだったんですが、いろいろあって今年にずれ込んでしまった。運気的に「2019年は私の最強の年」というのは3年前からわかっていたので、うまい具合にまわってるなと思っています。
神様の声のようなものが聞こえた
――以前インタビューさせていただいた際、『翔んで埼玉』が復刊した頃に、神様の声のようなものが聞こえたとおっしゃっていました。
まず「1つあるぞ」という声が聞こえて、何だろうと思っていたら『翔んで埼玉』の単行本が大ヒット。続けて3日後に「今度はすごいぞ」と聞こえたんです。漠然と「3年後に何かあるのかな?」と思っていたら、『翔んで埼玉』と『パタリロ!』の映画化が決まった。
――不思議ですね。その声のとおりになっています。その一方で、リーマンショック後の景気低迷期には、マンガが売れず生活が困窮した時期もあったとか。
そう。愛用の腕時計まで生活費のために売ってしまい、これからどうしようと思っていた矢先に『翔んで埼玉』が出て、生活を立て直すことができたんです。
――起死回生の一作になったわけですね。
まさにそうです。私は運だけで生きている人間なんですよ(笑)。
パタリロが勝手に動いてくれる
――現在『パタリロ!』は、100巻まで発売されている大長編作品となっています。先生は1973年にデビューしてから、執筆に行き詰まったことはありますか?
ありません。特に『パタリロ!』の場合、主人公が勝手に動いてくれるので。他の作品を描いていてキツイなあと思うことはありましたが、それでも行き詰まったことはないです。
――他の作品は『パタリロ!』と何が違うのでしょう?
主人公がパタリロのように動かないんです。もうまったく動かない。マネキンの背中を押しているような感じです。歩いてくれないんですもん。そういうのを描いている時はやっぱり辛いというか、楽しくない。でも今はそういう仕事は一切なくして、『パタリロ!』だけでやってますから。楽なもんです。
――なぜパタリロは自由に動くんですか?
彼が生きているからでしょうね、どこかで。パタリロの動きは最初から紙の上にあるので、私は自動書記のように記録しているだけ。あとは他の人の目に見える形にしていけばいいんです。最初からそこにあるものだから行き詰まりようがない。ただこちらの手が追いつかないだけです。
――同じことを以前、美内すずえ先生もおっしゃっていました。過去に、マンガ家以外の仕事に就こうと考えたことはありますか?
ないですね。これしかできないので、脇目を振っている暇がないんです。ただ美術大学に通っていた頃に学内の求人票を見ていたら「ジュエリーデザイナー」という仕事があり、一瞬ですが「これはちょっと面白そうだな」と思いました。ほかの職業を考えたのは、その一度だけです。
その後、宝石が好きになりましたから、もともと光りものが好きなのかもしれません。
――先生は、本質的に綺麗なものがお好きなのですね。
そうです。私の奥さんを見ればわかるでしょう?(笑)
映画館では一切遠慮はいりません
――さきほど「2019年は最強の運気」とおっしゃっていましたが、他にもニュースがありましたらお教えください。
まず、ファンブック『翔ばして! 埼玉』が発売になりました。これは私の画業45年を振り返る作品年表や、映画『翔んで埼玉』公開記念の描き下ろしマンガの他、娘の山田マリエによる映画の撮影レポなどが収録されています。まあ『翔んで埼玉』の便乗商法ですね(笑)。あとは2月14日に『けい君とぼく』という、世界初のBL絵本が出ます。
――絵本ですか? BLの絵本は未だかつて読んだことがありません。
でしょう? 私も世界中の絵本を調べたわけではないので確実ではないですが、おそらく世界初だと思います。絵本で真面目にBLをやっています。
実はこの絵本のお話をいただいたのも去年の7月くらい。やはり神様の声のとおりなので、こちらに関しても今後何らかの展開がありそうな気がしています。
――必ず読ませていただきます。では最後に、これから映画を観る読者に向けてメッセージをお願いします。
監督もおっしゃっていたんですけど、試写会の様子を見ていると「ここで笑っていいんだろうか?」と躊躇する人が非常に多いんですね。おそらく「笑ってしまうと、この県の人たちを馬鹿にすることになるんじゃないか」と気を遣ってのことなのでしょう。でも『翔んで埼玉』は、あくまでもファンタジーであり、フィクションです。映画館では一切遠慮はいりません。心の底から思いっきり笑って、楽しんでください。