小川一水(いっすい)の大河SF『天冥(てんめい)の標(しるべ)』の最終巻『X 青葉よ、豊かなれ PART3』が今月、刊行された。2009年の第1巻刊行から10年、全10巻・17冊での完結だ。
物語は、西暦2803年、地球との交流が途絶した植民星「メニー・メニー・シープ」ではじまる。謎の伝染病の治療に当たる医師・カドムは、その感染源と目される人型の怪物・イサリと出会う。一方、長年の政府の圧政に市民が決起。だが、それらをきっかけに人々は、自分たちの知る世界の成り立ちが、偽りだったと気づく……。
驚きの開幕から一転、続く2巻では800年前の現代で、凶悪な伝染病・冥王斑の脅威が描かれる。以降、物語は西暦2803年を目指し未来史を記述していくが、宇宙海賊退治から、アンドロイドとの性と愛の探求、宇宙の農業事情と多様な内容に、暗い影を落とすのが冥王斑とその患者たちだ。一度感染すれば、生還しても感染力を保持し続けるため、彼らは数百年間、監視と隔離、差別と偏見に苦しめられることになる。やがて、それは巨大な悲劇を生み、ついに読者は「メニー・メニー・シープ」誕生の理由と、その真の姿を知る。
ところが、物語は謎解きだけで終わらない。その間も、銀河には危機が迫っており、人類の末裔(まつえい)と読み手は、みずからの来歴を嚙(か)みしめる間もなく、宇宙規模の脅威と相対することになるのだ。
本作は、ちっぽけな地球で発生したウイルス性の病気が銀河の大異変と接続される、とてつもないダイナミズムを秘めた作品だ。現代医療ドラマから一大宇宙戦争までを一作に盛り込んだSF満漢全席のような構成は、ともすれば雑多になりかねないが、「我々は他者と共存できるのか?」という問いが、太い軸となって全体を貫き通している。
数百年の差別により分断された地球人類、人類の感覚が通用しない他種族、そしてそれらがすべてちっぽけに思えてしまうほどの天文学的存在。そのいずれに対しても、書き手と登場人物は、真摯(しんし)に共存の道を問うていく。
その試みはどこに辿(たど)り着いたのか? ぜひシリーズ完結の機会に一気読みしてほしい。日本SF史に残る一大叙事詩である。=朝日新聞2019年2月23日掲載
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