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「どこにも属さないわたし」 運命に導かれて美術の巣窟に

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月02日
どこにも属さないわたし 著者:イケムラレイコ 出版社:平凡社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784582206470
発売⽇: 2019/01/17
サイズ: 22cm/143p

どこにも属さないわたし [著]イケムラレイコ

 彼女は幼い頃から両親の子ではないという疎外感に悩む。「どこにも属さない」異邦人意識の無所属の人。こういう人は宿命的に運命に導かれるという因子を持つ人である。
 天涯孤独を妄想する幼い心と絵心を持つのは僕と同じだが、僕は彼女のように読書家でもなく外国語も話せない。故郷を後に、海外に居場所を求めるボヘミアン気質も全く持ち合わせていない。そんな僕は本書を伴侶として、彼女の後をつきまとうようにスペインからスイス、ドイツへと移動しながらアクチュアルな美術の巣窟に著者と潜り込むことで彼女の内面をそっと覗かせてもらうのである。
 そして彼女の絵筆に触れながら、彼女の創作体験を味わうのだった。彼女の展覧会の成功も一緒になって歓んだりするのである。
 彼女がドイツのケルンを本拠地にペインターとしてデビューした1980年頃は、僕が画家に転向した時期と一致する。ワイルドペインティングがヨーロッパを席巻したころで、本書に挙げられるドイツの売れっ子画家たちの作品展もヨーロッパで観て知っている。当時、若いスターアーティストが輩出したけれど、今ではその名も聞かなくなったって本当?
 彼女は時代の先端を駆けるアーティストと距離を置いたために、その潮流と共に流されることはなかった。そんな彼女と親和する僕も彼女に共鳴せざるを得ない。彼女は個展の成功にもかかわらず、そうした成功よりも人間性がよりよく発展している人たちに共感を覚えたのだろう。そして俗世を離れてスイスの山に籠もり、自然に囲まれて「アートのエゴの世界から解放」されていった。
 そんな場所で「この世にいながら、あの世を見ている」ような両界感覚を覚えていくのである。そして「言葉で伝えられないことを絵に」して、未知の世界と故郷を繋げたい想いを抱きながら、自己を見つめようとする。
    ◇
 三重県生まれ。ドイツ在住の美術家。1991年から2015年までベルリン芸術大絵画科教授を務めた。