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ホラーはモキュメンタリーだけじゃない! 貴志祐介「さかさ星」など骨太な物語を味わえる3冊

ベテランが放った久々のホラー巨編

 『黒い家』で1990年代のホラーブームを牽引した貴志祐介が、久々のホラー長編を上梓した。約600ページの大作『さかさ星』(KADOKAWA)である。期待を胸にページをめくると、殺人現場の凄惨な光景が目に飛び込んできた。

 ユーチューバーの中村亮太は、祖母に請われて彼女の実家である旧家・福森家に同行する。その屋敷では一晩のうちに一家4人が惨殺されるという、痛ましい事件が起こっていた。事件を調査する霊能者・賀茂禮子は、何者かが集めたおびただしい数の「呪物」が障りをなしていると指摘する。邸内に飾られた書画骨董の大半は、いわくつきの呪物だったのだ。

 日本刀、市松人形、甲冑、幽霊画など無数の呪物の来歴が、詳しく語られていく序盤の展開にはやや面食らうが、この部分は「呪物の論理」で貫かれた事件を解くための手がかりになっている。呪物の中には害をなすものがある一方で、人間の助けになるものもある。亮太は呪物それぞれの特性を理解したうえで、新たな惨劇を防ぎ、福森家にかかった呪いを解かねばならないのだ。オカルト要素が山盛りになったこの小説の核にあるのは、実のところ本格ミステリ的な謎解きの面白さであり、チェスや将棋にも似た頭脳戦の興奮なのである。

 そうした理知の要素と、ドロドロした情念の部分がうまく絡み合っているのが本書の魅力。事件直後から幕を開け、すべての発端となった一夜の場面で幕を下ろす秀逸な構成が、異様な緊張感をいっそう高めている。迫りくる災厄を前にさえないユーチューバーの亮太が孤軍奮闘するクライマックスも、古典怪談『雨月物語』の一場面を彷彿とさせて印象的だ。隅々まで力のこもったモダンホラー巨編で、文句なしにおすすめである。

オカルト懐疑派をも納得させる筆力

 ベテランに続いて、今年デビューしたばかりの新鋭を紹介しよう。上條一輝『深淵のテレパス』(東京創元社)は、東京創元社70周年を記念して開催された創元ホラー長編賞の受賞作である。

 会社の後輩に誘われ、学生サークルの怪談会を覗きにいった高山カレンは、その数日後から奇妙な現象に悩まされるようになる。家の中で聞こえる濡れた布を叩きつけるような物音、どこからか漂ってくるドブ川のような異臭、ひとりでに閉じているクロゼットやカーテン。憔悴した彼女は、心霊現象を調査しその結果を動画配信しているチーム「あしや超常現象調査」に助けを求めるが……というのが物語の冒頭だ。

 映画宣伝会社に勤めるかたわら、個人的興味から心霊調査に携わっている「あしや超常現象調査」の2人は、オカルトを盲信することも頭ごなしに否定することもせず、一連の現象を丹念に調査していく。このさまざまな機材を用いた心霊調査が、前半のひとつの読みどころだ。科学的な検証をすり抜けるように現れてくる怪異は、カレンや調査チームの2人のみならず、オカルト懐疑派の読者をもぞっとさせることだろう。

 ささやかな異変から始まった物語は、恐怖とサスペンスをじわじわ高めながら、意外なほどスケールの大きいクライマックスへと雪崩れ込む。複数の謎がひとつに繋がる謎解きシーンには、なるほど、そういう話だったのかと膝を打った。ホラーながら瑞しさを感じさせる筆致も特徴で、説得力のあるエンタメホラーに仕上がっている。著者の今後の活躍が楽しみだ。

ノスタルジックな恐怖が胸に迫る

 3冊目はホラーミステリの名手・三津田信三の長編『六人の笛吹き鬼』(中央公論新社)。6人の小学生が「笛吹き鬼」に興じていた夕暮れの公園で、不可解な神隠しが発生する。笛吹き鬼というのは笛を吹きながら隠れている子を探す一種のかくれんぼで、その最中に松島妃菜という小学生が忽然と姿を消したのだ。懸命の捜索にも関わらず、妃菜は二度と姿を現さなかった。のみならず今度は別の少女が、自宅近くの路地で行方不明になってしまう。

 それから23年後、笛吹き鬼に参加していたメンバーで、今はホラー作家になっている背教聖衣子が、この未解決事件について調べ始める。どうやら現場となった公園では、過去にも同様の神隠しが起こっているようなのだが……。

 今回紹介した3冊はいずれもエンターテインメント性が高く、実写映画化にも向きそうな作品ばかりだが、この『六人の笛吹き鬼』を映画化するとしたら奇妙な笛の音がいつまでも耳に残るような、ノスタルジックな雰囲気の映画になるだろう。子ども時代の事件を大人目線で調べ直すというストーリーに加え、公園に出没する変わり者の中年女性「ラジオ小母さん」や、子どもたちに目撃される怪人「まだら男」などのモチーフが、作品全体をセピア色の恐怖に染め上げている。

 過去と現在にまたがる複雑怪奇な謎は、聖衣子と先輩作家の速水晃一によって解き明かされるが、一部どうしても合理的に説明のつかない部分も残り、事件の不気味さを際立たせる。一部の住人に信仰される「だれま様」なる邪な神が、事件に関わってくるという民俗学的な味つけも、いかにも三津田作品らしくて嬉しい。

 起伏に富んだ物語と、小説ならではの怖さを味わえる3冊。秋の夜中にひもとくにはぴったりである。