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千葉雅也「センスの哲学」 真のセンスはアンチセンスだ 

 美的に生きたい、センスが良く生きたい。芸術家になりたいわけではないけれど、生活の全体が芸術的で、人からも「センスがあるね」と思われるように生きたい。そういう人が、千葉さんのこの本を手に取るのではないか。

 この本には、「センスが良い」というときのセンスとは何かが書かれている。本書によれば、センスとは、ものごとをリズムとして楽しむことである。ものごとに関して、それが全体としてどんな意味をもつのか、なんの目的をもっているのかということはカッコに入れて、それを構成している要素のリズムを楽しむことができるか。ここでリズムとは、反復と差異、つまり繰り返しの中にときどき逸脱が入る要素のデコボコの並び方のことである。

 わかりやすく、小気味のよいテンポで話は進むのだが、終盤に不穏な、しかしとても深い議論に入っていく。反復は、問題解決(意味・目的)に至ることなく、問題を抱え込んでいることを示している。リズムは、解決に至らずに、問題が変形され、いろんな形をとることである。

 私たちは、そうではなくてもよいのに、そうせざるをえないかのように偶然的なもの、個人的なものに取り憑(つ)かれている人に惹(ひ)きつけられる。反復と差異のバランスを失したアンチセンス。真のセンスはアンチセンスの影を帯びている、という逆説を本書は導く。

 多分、多くの人はセンスを良くしたいと思って、この本を読み始める。しかしそういう態度で読んでも、センスは良くならない。本書にあるように、そんな問題解決的・目的志向的なやり方こそ、センスの良さに反している。しかし当初の目的を忘れて、この本を読むこと自体を享楽できたら、その人はきっと、読後、結果として、少しセンスが良くなるだろう。

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 文芸春秋・1760円。4月刊。8刷5万7千部。読者は30~40代中心で20代以下も多い。「観(み)ることから作ることへのジャンプが語られ、『何かやってみよう』という読者の気持ちに火をつけている」と担当者。=朝日新聞2024年11月2日掲載