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人生の旅情、ミステリーに託した 横山秀夫さん「ノースライト」

門間新弥撮影

「住む」とは家族とは 自身の壮絶な日々投影

 主人公は建築士の青瀬稔。バブルの崩壊で仕事を一時失い、結婚生活も破綻(はたん)。コンクリート打ちっ放しの建物を設計していたが、ある日、施主の男にこんな依頼をされた。
 〈あなた自身が住みたい家を建てて下さい〉

 設計した「木の家」は、雑誌に取り上げられるなど絶賛された。だが、男の一家は突然、姿を消した。家に残されたのは、一脚の椅子だけ。ナチスに追われて亡命した建築家、ブルーノ・タウトがデザインしたものだった。青瀬は失踪の謎を追う中で、タウトの半生に触れ、勤務する設計事務所はコンペを巡る疑惑に巻き込まれていく。

 自身の壮絶な日々が投影された作品だ。2003年、心筋梗塞(こうそく)で倒れた。復帰しても仕事は山積みで、体調が戻らない。仕事場のマンションに年間340日は詰め、自宅には帰れない状態。睡眠は3~4時間で、部屋から出るのは郵便受けを見に行く時だけだった。「仕事に集中するための『仮の場』のはずが『滞在の地』になり、『終(つい)のすみか』かと思うほどの閉塞(へいそく)感を覚えるようになった」

 04年、月刊誌「旅」で連載小説が始まった。その依頼に「光が差し込んだような気持ちになった」という。「自分も旅に出てみたい、部屋から出て取材をして小説を書きたい、という思いが膨らんだ。『旅情ミステリー』の形を借り、『人生の旅情』を表せるような小説を書こうと思った」

 主人公の青瀬は幼少期、ダム建設現場を転々とする「渡り」として過ごした。「昔から遊牧民やサーカス団の家族といった人たちがどういう思いで、生きていっているのか興味があった。取材をしているうちに、子どものころ『渡り』をして、建築家になった人の話を聞きました。『住む』『旅』『建築』が一つの線につながったんです」

 連載終了後、全面的な改稿をした。「連載の文章で、そのままのものは1割もない」。試行錯誤を繰り返すうち、後に思いついたものの方が信じられることも多く、一つの場面を20パターン書いたことも。自らに課したハードルを越えるには、6年を要した。

 「納得していないものを世に送り出すということは、冷蔵庫のドアが1枚ないものを売るくらい恥ずかしいことで、妥協はできません」

 タイトルの「ノースライト」とは、建物の中に北側から差し込む穏やかな光のことだ。青瀬が設計した家の特徴的なつくりになっている。自身の仕事場もそうだった。
 「私自身、北側の窓のカーテンをめくると細胞が生き返る思いがしたんです。著名な建築家が建てる家には足元にも及ばないですが、あえて『北』に着目するのがミステリー作家の発想といえるでしょうか」

 前作の『64』は20近くの国と地域で翻訳され、今年1月にはドイツ・ミステリー大賞の国際部門で1位になった。「『個人として生きたい』と強く願っても、実際には個人が組織につぶされることがあるのは、日本だけじゃなく欧米でも同じなのかもしれませんね」
 「月刊横山」と言われるほど新作を出した頃もあったが、『64』と本作の2冊に費やした時間は10年以上。それでも「無駄ではなかった」ときっぱり言う。「家の外に出ない人間の私が、今では外国のイベントにも呼ばれるようになった。知らない世界を、自分の本が切り開いてくれているんです」(宮田裕介)=朝日新聞2019年3月13日掲載