久禮亮太さんが選んだ「はたらく」を考える本
- 『波止場日記』(エリック・ホッファー[著]/田中淳[訳]、みすず書房)
- 『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』(エリック・ホッファー[著]/中本義彦[訳]、作品社)
- 『ブックストア』(リン・ティルマン[著]/宮家あゆみ[訳]、晶文社)
- 『偽詩人の世にも奇妙な栄光』(四元康祐、講談社)
- 『謙虚なコンサルティング』(エドガー・H・シャイン[著]/金井壽宏・野津智子[訳]、英治出版)
「はたらく」を考える本(1)・(2)|『波止場日記』『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』
エリック・ホッファー(1902-83)はアメリカで港湾労働に従事していた社会哲学者。いわば「街場の思想家」です。『波止場日記』では、淡々と日々の労働の内容を綴ったすぐ後に、思想や哲学の話が出てきたりします。
僕は20代の頃、書店員のアルバイトをしながら、バンド活動をしていました。「特別な何者かになれるかもしれない」と思っていた。しかしなかなかうまくいかず、27歳で書店員を本業にしようと決めました。
ホッファーを読んだのはそのすぐ後でした。「仕事ってこういうことでいいんだ」と思いました。彼は港湾労働を通して「自己実現をしたい」と思っているわけではない。しかし、労働が思索を深めるための起点になっています。そして、社会に対してクールな洞察をしている。
届いた本をさばいて、店内に配置する。そんな書店員の仕事は、どこか波止場の力仕事に似ています。書店員も書店員なりに見えてくる「在野の知恵」がきっとあるはずだと思いました。
「はたらく」を考える本(3)|『ブックストア』
ニューヨークで1978年から97年まで営業していた書店「ブックス・アンド・カンパニー(本と仲間)」の軌跡を追ったノンフィクションです。
店主のジャネット・ワトソンがひとりで店を立ち上げて、仲間を増やしていきます。やがて作家や読者の集まるコミュニティになる。しかし、経営難という現実に直面し、店を畳んでしまいます。
この本も書店員を仕事にしようと決めた20代後半に読みましたが、それまで僕は書店をビジネス的に捉えすぎていました。「平台で何冊売れないと賃料が払えない」といった計算に囚われていた。しかし、この本を読んで「豪快に好きなことをやって、思い切り潰れるのだっていいじゃないか」と思えるようになりました。
もちろん経済的な部分は大事だけれど、夢を持って書店をやってもいい。「この街に力のある本の世界を現出させるんだ」「この棚の熱量を見てよ!」といった思いを大切にしたいと思いました。
「はたらく」を考える本(4)|『偽詩人の世にも奇妙な栄光』
詩人の四元康祐さん(1959-)の半自伝的な小説です。主人公は子供の頃から詩人に憧れていたものの、大学を出て総合商社に就職します。
海外勤務の彼はある時、中米で開催された世界の詩人が集まる詩祭に出くわし、詩への熱情が蘇ります。それをきっかけに、海外の詩を日本語に翻訳し、彼自身の作品として出版をしてしまいます。「まずいな」と思いながらも、やめられなくなって、世界のマイナーな詩をどんどん訳して発表していく。やがて著名な大詩人となる。しかし、ある時、悪事のすべてが露見して、表舞台から去っていくことになります。
主人公は自虐的に「偽詩人」と自称していますが、僕も「偽書店員」にすぎないなと思うんです。本を読むのは好きだけれど、読書の質も量もたくさんの人に負けている。そんな自分が本に詳しいプロとして選書などの仕事をしているのは、とんでもない嘘じゃないかと。
ただ、同時に「本物でも偽でもどちらでもいいな」とも思います。人に何かを求められて応えるところに仕事はある。お客さんが「他所にはないこの本に出会えて感動している」と言ってくださるとやはり嬉しいです。「お客さんに喜んでもらいたい」という願望が、書店をやる上で一番の原動力になっています。
「はたらく」を考える本(5)|『謙虚なコンサルティング』
僕は仕事の半分ほどは書店のコンサルティングをしています。現場で働く書店員さんに品揃えなどの指導をします。
この本は「コンサルとはどんな仕事か」を考えるときに役に立ちました。上の立場からトップダウン的に指導をするのではなく、クライアントが自ら道を見出せるよう支援することが重要だとしています。そのために、相手に対して謙虚な姿勢でいなければいけない、と。
クライアントが一番根っこに抱えている問題を自発的に考えるために、いつどんな問いかけをするといいのか。さまざまな現場の事例を紹介しながら、解説しています。
書店の現場の細かい業務の積み重ねはとても大事ですが、それだけではなく、20・30代の書店員たちは将来、どんな書店をやりたいのか。そんな大局的な視点を持って、指導ができたらと思うようになりました。