よく「ネタバレ禁止」なんて言うけれど、本書はまさにそれ。収録3編いずれも予想を超えた仕掛けがある。
表題作は、幼少時に経験した虐待といじめにより〈一生笑わないことに決めた〉ヤクザが、組のカネを持ち逃げした会計士を追って渡米するところから始まる。同行するのは母親がフィリピン人で英語が話せるチャラいチンピラ青年。しかし、GPS情報から割り出した場所に会計士の姿はなく、スマホを握ったまま切断された手首だけがゴミ箱に捨てられていた……。
いつのまにか彼らの車に乗り込んでいた金髪娼婦(しょうふ)に策略家の会計士を加えた4人それぞれの屈折を抱えた人生が交差するロードムービー風のドラマは、どんでん返しに次ぐどんでん返し。ターミネーターばりに不死身なヤクザが繰り広げる銃撃戦のクールさと無表情の裏で焦ったり悩んだりする内心のギャップ、人間の業が炸裂(さくれつ)するラストシーンにも意表を突かれる。
異色ボクサー同士の執念が激突する「獣人」、刑務所内で命を狙われた男の疑心暗鬼の推理劇「WALL」もどんでん返しの連続。精神と肉体の極限を圧巻の“絵力(えぢから)”で描く本書は、文字どおり手に汗握る読書体験となるだろう。=朝日新聞2019年3月23日掲載
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