もう何年も前、JR飯田線を乗り潰しに行ったことがある。飯田線は愛知県の豊橋駅と長野県の辰野駅を結ぶ、約200キロの長大な路線だ。山の中を延々と走り、交通の便が悪く周りに人家もないいわゆる秘境駅も点在する。
全線、直通する列車もありそれを利用すれば約6時間で走破できるが、そんなことをする気は更々ない。乗り急いだって仕方がないではないか。おまけに夜型人間の私は、朝イチで出発なんて不可能。途中、飯田駅で一泊する予定を組みのんびりと出掛けた。
豊橋駅でJR東海道線から乗り換えいよいよ飯田線へ。出発して少しの間名古屋鉄道と共用の線路を走る。徐々に東海道線と別れて行く、その分岐感が堪(たま)らない。続いて川を渡り、名鉄(めいてつ)ともオサラバする。途上、豊川駅で降りた。有名な豊川稲荷に参拝するためである。こんな寄り道ができるのも、のんびり旅の賜物(たまもの)なのだ。
列車に戻って豊川市街を離れ、川沿いに走り出すといよいよ山の中へ。購入して来たいなり寿司(ずし)をゆったり頂き外の絶景を眺めていたら時間などあっという間に過ぎてしまう。大河、天竜川沿いにうねうねと走り、また市街地が見えて来たなと思ったらいよいよ本日の目的地、飯田駅だった。駅舎を出て、今夜の宿までぶらぶら歩いた。
駅前の大通りを下っていると、左右にチラホラと呑(の)み屋の姿が覗(のぞ)いた。宿は民宿である。夕食など頼んではいない。初めての土地で街中を流し、見つけた店で地元の料理を味わうのが旅のミソなのだ。今夜はどこに入ろうか。物色しながら歩くのがまた、楽しい。
気になったのがいくつもの店の前に「『おたぐり』あります」との看板が出ていたことだった。おたぐり。何だろう? これは食べてみねばと心に決めて、宿に荷物を置いた。
呑み屋街に戻り、ここぞと目をつけた店に飛び込んだ。古い造りの居酒屋で、女将(おかみ)さんが一人でやっていた。迷うことなく「おたぐり」を注文した。
モツを炒めたような料理が出て来た。臭い消しの意味もあるのだろう。ニンニクが利かせてあって、いやいや美味(うま)い! あっという間に生ビールは呑み終え、日本酒に切り替えた。これは、酒が止まりそうにない……
旅から帰って来てインターネットで調べ、「おたぐり」とは馬の腸を使った料理のことであると知った。草食動物の腸は長いから、手繰りながら丁寧に洗って、臭みを消す。そこからこの名がついたのだ、と。
飯田は山深い土地である。昔は運搬に馬が欠かせない。そうして馬が死ぬと、内臓まで綺麗(きれい)に食べて弔ったわけだ。土地の料理にはそこの歴史も刻み込まれている。しみじみ実感することで、旅の思い出もまた深まる。=朝日新聞2019年3月23日掲載
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