ISBN: 9784120051678
発売⽇: 2019/02/21
サイズ: 22cm/285p
絵とはなにか [著]ジュリアン・ベル
「絵とはなにか」。画家にとっては踏み絵である。正直に答えると「分からない。だから描く」としか言えない。なぜかというと絵は神殿の前で披露する神への奉納としての芸能に近い存在だからだ。自分や人や社会のために描くと主張すると、そこに働く自我意識が目覚めて普遍的な芸術行為から離れる。だから絵は私の場合、私に与えられた霊感(インスピレーション)の源泉への奉納ということにしている。
さて、本書の著者は絵の意味の確定が目的だと言う。この著者は実は私と同業の画家である。だったら絵に意味など求める前に描きまくって、言葉を超えた次元でその意味とやらを肉体で体感されれば如何(いかが)――とは私の疑問。
著者は博識と教養によって絵画の歴史を縦横に語り、絵を愛する者を陶酔させるに十分な説得力がある。その点では一読をすすめたいが、私はここで再び抱いている疑問に真正面から向き合うことになりそうだ。十八世紀までは絵の基本を模倣と考え、自然の再現を目的としたが、現代は再現を離れて「絵を描く行為はもう時代遅れ」と考える人もいる中で、なお絵の存在価値を論じる著者には共感する。ところが何度も言うように著者の本業は画家である。だったら論じる前に「絵とはなにか」という問題は作品によって示してもらいたい――とは私の意見。
読み進めるに従って、私は推理小説の世界にはまっていった。こんなに多様な言葉と概念を語る画家はどんな絵を描くのだろうという疑問。言葉は観念、絵は肉体である。従って両者は対極にある。画家である著者はこの両極と如何なる親和を結んでいるのだろうか。私は著者が描いた絵を知りたくなって、手を尽くして画集を探したが見つからなかった。そこでやっとネットで20点ばかり探り当てることができた。絵画の歴史をここまで網羅した著者の絵に、期待はいやが上にも高まる。
私の目の前に現れた絵は技術的には非常に達者。十九世紀の写実主義(リアリズム)的な絵で、写真を模倣したスーパーリアリズムのような写真の再現ではなく、筆致がボナール風だったり、マチスのようなフラットなイラスト的平面画だったりして、基本的にはアカデミックで、現代美術というより日本の写実風の洋画に近い。しかし、美術の膨大な知識に裏付けられた著者の評論と創作の間には距離がある。
画家で批評活動をしている人もいなくはないが、著者は自作を離れて語ることの矛盾を、自分の中でどう折り合いをつけているのか、推理小説以上に謎だが、著者の絵からは如何なる謎も秘密も見えてこない。もしかしたら私は、本書を偏執狂的に邪道な読み方をしてしまったのだろうか。
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Julian Bell 1952年生まれ。英国在住の画家で、批評活動も行う。ロンドンのアートスクールなどで教えている。著書に『500の自画像』『ボナール』がある。