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魔術的、神秘的、個性的… 「誠光社」店主・堀部篤史

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『20世紀ラテンアメリカ短篇(たんぺん)選』 野谷文昭編訳 岩波文庫 1102円
  2. 『灰と日本人』 小泉武夫著 中公文庫 950円
  3. 『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』 鹿子裕文著 ちくま文庫 864円

 1970年代より「新しい小説」として日本でも受け入れられ、今や書店の一コーナーとして定着した感のあるラテンアメリカ文学。(1)はその代表的作家たちの短編群を「多民族」や「植民地の記憶」、「夢」や「妄想」などのキーワードによって分類、解説では日本における「受容史」までを詳しく紹介する、その全体像を俯瞰(ふかん)するには最適なアンソロジー。広大なジャングル、床を這(は)う蠍(さそり)、灯(あか)り一つない夜の闇など、われわれの見慣れぬ風景と幻想が地続きに描かれ、都市生活の中に唐突な暴力や死が重なり合う短編の数々は、物語性は損なわずに前衛性を孕(はら)んだ刺激的なものばかり。同書収録の短編「ワリマイ」に、「灰と突きつぶした花で」死者の魂を開放するという描写があったが、(2)は時に神秘的であり、同時に科学的でもある、灰という存在が日本文化においてどのような役割を果たしてきたかを読み解く渾身(こんしん)の文化誌。マタギが野兎(のうさぎ)などの獲物を蒸し焼きにし、灰を詰め込んで保存食とするさまや、灰汁(あく)を用いてアクをとる調理法など、先人たちが時間を積み重ねて得た知恵は、科学的であると同時に魔術的でもある。発酵や醸造など食文化を得意とする著者ならではの切り口が面白い。

 仕事がない編集者が老人介護施設の雑誌編集に携わった顛末(てんまつ)を描いた(3)。個性的な登場人物たちとのやり取りも魅力だが、なにより仕事に悦(よろこ)びや笑いとともに携わることが、介護の未来であることを教えてくれる異色の「働き方」本。=朝日新聞2019年4月13日掲載