- 窪美澄『トリニティ』(新潮社)
- 原田ひ香『DRY』(光文社)
- 大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(文芸春秋)
物語の中盤、後に「新宿騒乱」として記憶されることになる1968年10月21日、国際反戦デーでのシーンが胸の奥に刻まれる。窪美澄さんの『トリニティ』の主人公たち――イラストレーターの妙子、フリーライターの登紀子、潮汐(ちょうせき)出版で事務を務める鈴子――が、学生たちに混じって機動隊に向かって石を投げて叫ぶ。
「私のことを鈴ちゃんなんて慣れ慣れしく呼ぶな!」
「ふざけるな! 男どもふざけるな! 女を下に置くな!」
「男の絵なんか描きたくない! 好きな絵を好きなだけ描きたい!」
本書は、仕事を通じて出会った3人の女性、それぞれの人生を、丁寧になぞっていく。早々と結婚退職をした鈴子、祖母、母と続いた「母娘(おやこ)三代物書き」である登紀子、一世を風靡(ふうび)した週刊誌の表紙を、20代で抜擢(ばってき)され、創刊号から担当した妙子。彼女たちが得られたことは何だったのか。得られなかったことは何だったのか。
冒頭のシーンが読後に響いてくるのは、彼女たちの叫びが、現代でもそのまま通じるからだ。彼女たちの戦いは、全ての女性たちの戦いでもある。
『トリニティ』は、3人の女性の物語だが、原田ひ香さんの『DRY(ドライ)』は2人の女性の物語だ。上司と不倫のあげく離婚した北沢藍と、藍の実家の隣で暮らす、孝行娘と評判の馬場美代子。十数年ぶりに実家に出戻った藍は、ひょんなことから美代子の秘密を知ってしまい、否(いや)応なしにその秘密に加担せざるを得なくなっていく。
物語の真ん中にあるのは、貧困が生み出すどんづまりの状況だ。ほんの少しのボタンの掛け違えから、どんどん後戻りできなくなってしまう、その怖さ。同時に、ずるずると堕(お)ちていくことへの後ろ暗い喜びまでもが描かれていて、凄味(すごみ)さえ感じる物語になっている。
大島真寿美さんの『渦(うず) 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 魂結(たまむす)び』は、浄瑠璃作者・近松半二の生涯を描いたもので、物語を読み始めた瞬間、江戸時代の大坂・道頓堀に、ぽぉんとワープしたかのような感覚が味わえる。
物語の芯になっているのは、タイトルにもなっている「渦」だ。その渦の中に何が溶けていて、そこから何が出てくるのか。近松半二という創作者の姿を借りて、あらゆる創作の源、ひいては人の世の源までをも探り、その源の不思議さと悲しさ、美しさまでをも描き出した物語である。=朝日新聞2019年4月14日掲載