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「未来の戦死に向き合うためのノート」書評 両立する特攻隊への批判と感動

評者: 斎藤美奈子 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月20日
未来の戦死に向き合うためのノート 著者:井上 義和 出版社:創元社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784422300726
発売⽇: 2019/02/20
サイズ: 19cm/286p

未来の戦死に向き合うためのノート [著]井上義和

 幸い今日まで、日本の自衛隊はひとりの戦死者も出していない。でも将来はわからない。集団的自衛権の一部行使容認と2015年の安保関連法で、自衛隊の任務は拡大されてるんだしね。いつか戦死者が出たとき、日本社会はそれをどう受け止めるだろうか。
 ……といった問題と私たちは真剣に向き合ってこなかった。戦死者なんか出しちゃダメだ。だから戦争反対! それで終わり。
 いやいや、それじゃまずいでしょ、というのが『未来の戦死に向き合うためのノート』からの問いかけである。戦死者は祖国を守った英雄か、それとも死ななくてもいい戦争で犬死にした国家の犠牲者なのか。
 未来の戦死を考える上でも重要なのは、過去の戦死との向き合い方だ。著者の井上さんは新しい意外な現象を紹介する。すなわち、陸軍の特攻隊基地があった知覧(鹿児島南九州市)が特に2000年代以降、反戦平和でも英霊の顕彰でもない「自己啓発」の聖地となっているのだ、と。
 知覧巡礼を勧める本、社員を知覧に研修に連れて行く会社、宮崎キャンプの合間に知覧に詣でるプロ野球選手。「大切な人のために自分を捧げる尊さを知りました」「若くして死んだ彼らの分まで頑張ります」のような言説の数々。
 それって特攻隊の美化じゃない?という反応が予想される。が、これを単なる「右傾化」と捉えるのも早計なのだ。〈特攻の自己啓発書的受容には、歴史と古典の素養は要りません〉と著者はいう。いまや歴史の知識と死者に対する思いは分離して〈特攻作戦を批判することと、特攻の物語に感動することが両立します〉。そこにあるのは旧世代の想像を超えた特攻隊の「活入れ」効果と「歴史認識の脱文脈化」だ。
 紋切り型の反戦平和論が通じなくなりつつある今日の状況に一石を投じる刺激的な書。なんたることだと嘆いたあなたにこそ、読んでもらいたい。
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 いのうえ・よしかず 1973年生まれ。帝京大准教授。専攻は教育社会学。著書に『日本主義と東京大学』。