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アリスン・マギーさんの絵本「ちいさなあなたへ」 世界中のお母さんがエールを送り合っていることを忘れないで

文:加治佐志津、撮影:斉藤順子、通訳:田村かのこ

―― 母の日の贈り物として、多くの読者から選ばれている絵本がある。親でいることの喜び、不安、切なさと、わが子への思いをシンプルな言葉でつづった『ちいさなあなたへ』(主婦の友社)という翻訳絵本だ。原書『Someday』はニューヨークタイムズのベストセラーとなり、日本語版も出版から10年を経て62万部を突破。さらに20言語以上で翻訳され、世界中で愛される絵本となった。母の日を前に初来日した作者アリスン・マギーさんに、この絵本に込めた思いを伺った。

 この絵本のもととなる詩が生まれたのは、ある夏の暑い夜のことでした。私には子どもが3人いるのですが、子どもたちが寝静まったあと、すやすやと眠る姿をよく見守っていたんですね。その日も一番下の5歳の娘の寝姿を、ドアのそばでそっと見ていました。娘は布団をはいでうつ伏せになり、顔だけこちらに向けて、ぐっすりと眠っていました。何か夢でも見ているような彼女の姿を見守りながら、私も彼女のこれからを夢見ました。そしてそのままキッチンに行って、そのとき感じた思いを詩に綴っていったのです。

 ちょうど祖母を亡くしたばかりの頃だったので、詩を書くときは、祖母のことも考えていました。祖母の私への深い愛を思い返しているうちに、私の母についても思いを巡らせました。

 私の中の母の記憶で一番心に残っているのは、実家の玄関の前で「いってらっしゃい」と笑顔で手を振る姿。私は独立心が強く、かなり若いときに家を出て、実家に戻ってもすぐにどこかに行ってしまったので、母にはそうやって何度も送り出してもらいました。

 でも自分が実際に母親になってみたら、笑顔で子どもを送り出すことがどんなに大変かを思い知ったのです。わが子のことが心配で、できることなら連れ戻したいのだけれど、それでも笑顔で送り出す……それは、母としての強さがないとできないことだとわかりました。

 祖母、母、子どもとしての自分と母としての自分、子ども、子どもの子ども―― 親と子の関係は連綿と続いていきます。それぞれの関係の中でやりとりされる愛情や慈しみ、夢見る気持ちなど、さまざま思いを込めて“Someday”という詩を書きました。

―― その詩が絵本になるまでには、5年の歳月がかかった。感情や気持ちといった抽象的なものを題材としているため、それをストーリーとして読める絵本にしていくのは簡単なことではなかったという。

 言葉のひとつひとつを濾過するようにして、少ない言葉に思いを込めました。具体的なイメージが少ないので、絵を担当してくれたピーター・レイノルズも描くのに苦労したようです。アメリカでは作者とイラストレーターが密に連絡を取り合って絵本を作るというのは稀なのですが、この本については、どのシーンに何を描くか、ピーターと私で何度も意見交換をしながら作っていきました。

 二人で決めたのは、できる限り普遍的なお話にしよう、ということ。恋をして、結婚して、子どもを持って……という典型的な成長物語ももちろんいいのですが、世界中の誰にでもあてはまる話として仕上げるためには、もっと根本的なレベルで普遍性のある内容にする必要があったのです。

 一番難しかったのは、「うれしくて たのしくて、ひとみを きらきら かがやかせる ひが きっと ある」という見開きです。恋の芽生えを感じさせるシーンですが、恋人のような存在を描くのではなく、自然の美しさに心をときめかせている様子を描くことにしました。その方が誰にでもありえる心の動きを表現できるのではないかと考えたからです。

 ピーターの絵は、さらっと描いたような軽やかな線で描かれていますが、それでいてとてもエレガントで、躍動感があります。シンプルな線の中にさまざまな表情を描き込むことができる、非常に才能のあるイラストレーターだと思います。

「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より
「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より

―― 『ちいさなあなたへ』は、多くの親の涙を誘う感動作として知られるが、絵本の中で描かれる子どもの人生は、決して順風満帆ではない。アメリカでの出版にあたっては、出版社からある2つのシーンについて、なくてもよいのではと言われたという。仄暗い森へさまよいこむシーンと、悲しい知らせに落ち込むシーンだ。

 母親としてはもちろん、愛しいわが子には幸福な人生を送ってほしいというのが本音です。子どもが苦悩したり悲しんだり傷ついたりするのを見るのは、親としてとてもつらいことですからね。でもそんなときに忘れてはいけないのは、親が思う以上に子どもたちは強いということ。子どもも一人の人間で、苦しみや悲しみを乗り越える強さを持って生まれてきているのです。

 そのことを忘れないためにも、2つのシーンはどちらもとても大切でした。本当の悲しみや本当のつらさを知らなければ、深い喜びを知ることもできません。私はこの絵本で、喜びと悲しみ、楽しさと苦しさといった、人生の振れ幅を描きたいと思いました。悲しむことや傷つくことも、一人の人間としては必要なこと。それを乗り越えてこそ、奥行きのある豊かな人生になると思っています。

「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より
「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より

―― 日本語版の出版にあたっては、翻訳家なかがわちひろさんとも幾度となくメールのやりとりを重ねた。なかがわさんからは、絵本の中に出てくる親子の性別についても質問があったそうだ。

 『ちいさなあなたへ』は、絵を見る限りでは母と娘の物語なのですが、文章では、親も子もどちらの性別でもいいように書いていました。ちひろにもそれを伝えたところ、日本語版も性別を限定しないような翻訳にしてくれたそうです。他にも、先ほどお話しした悲しみのシーンについても聞かれましたね。なぜこのページを入れようと思ったのか、私自身の言葉で聞きたいとのことで、私の意図をメールで伝えました。

 翻訳というのは実に大変な仕事です。ひとつの言語から別の言語に文字通り置き換えることはほぼ不可能。そこで求められるのは、もとの言語で何が描かれているかを魂のレベルで感じとり、別の言語でも同じような魂が表現された文章にしていくという作業です。ちひろはその点でとても有能な翻訳家で、私の文章を非常に深いところまで追求して、日本語に反映させてくれたと思います。

―― 『ちいさなあなたへ』のもととなる詩を書いたときに10歳、8歳、5歳だったアリスンさんの子どもたちは、今は全員20代になり、実家を離れ遠くに暮らしている。

 子どもたちが何歳になろうと、私にとってはかわいい子どもたちのまま。母としての気持ちに変わりはありません。今回、私が東京に来てからも、子どもたちとは「何してるの?」とか「おやすみ」とか、スマホでやりとりしていました。私の母からも、「東京に行ってるのは知ってるけど、元気なら知らせてね。母より」とメッセージをもらったんですよ。母にとっても私はいまだにかわいい子どもなのでしょうね。

 私の祖父母は、ロシアとフランスからアメリカに来たユダヤ系の移民でした。母は一人っ子で、孤独な子ども時代を過ごしたらしく、将来の夢は賑やかで幸せな家庭を築くことだったそうです。その願いの通り、母は4人の子どもを産みました。私はその1番上です。私を授かったとき、母は小学校の教師をしていたのですが、学校中を走り回って「子どもができたのよー!」と伝えたんだとか。それほどうれしかったんでしょうね。本当に愛情深い人で、私は母からたくさんの愛をもらいました。

 私は小さい頃から作家を目指していました。作家というのは生活の安定しない職業なので、親としてはかなり心配だったと思います。でも父からも母からも、心配だとか、やめなさいといったことは一度も言われたことはなくて、ずっと応援してもらっていました。おかげで私は、自分が何者になろうと愛してもらえているという感覚をいつも持っていられました。

 だから私が母になって一番大切にしてきたのは、子どもたちがいつでも安心していられるように、たっぷりの愛で包み込みこと。そして、子どもたちがそれぞれ何を好きになろうと、何を目指そうと、それをそのまま受け止めることです。子どもたちにはいつも、どんな人間になろうと、やりたいことをサポートするよ、応援しているよ、ということを伝えてきたつもりです。

「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より
「ちいさなあなたへ」(主婦の友社)より

―― 親元を離れるとき、結婚するとき、妊娠を知ったとき、子育て真っ最中のとき、その子どもが成長して巣立っていくとき……『ちいさなあなたへ』は、どのタイミングで読むかで印象が変わってくる絵本だ。アリスンさん自身も、この本と一緒に母として成長してきたという。

 母親になったばかりの頃の私は、今考えてみるとかなり落ち込んでいたように思います。当時は自覚がありませんでしたが、うつ状態と言ってもおかしくないような時期もありました。毎日の生活が激変して、圧倒されてしまっていたんですね。ですから、これからお母さんになる方やお母さんになったばかりの方の大変さというのは、とてもよくわかります。

 そういった方たちに伝えたいのは、あなたは一人じゃないんだよ、ということ。どんなに大変で、つらい気持ちでいっぱいいっぱいになってしまっても、たとえ孤独に駆られてしまったとしても、世界中に同じ気持ちのお母さんがたくさんいるってことを忘れないでいてください。世界中のお母さんたちが同じ大変さを共有して、声に出さないまでも、思いやりやエールを互いに送り合っているんだということを、心のどこかで覚えておいてほしいですね。