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今村夏子「父と私の桜尾通り商店街」書評 切なく輝く 悪意に傷ついた心

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年04月27日
父と私の桜尾通り商店街 著者:今村夏子 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説

ISBN: 9784041063415
発売⽇: 2019/02/22
サイズ: 20cm/235p

父と私の桜尾通り商店街 [著]今村夏子

 人は純粋ではいけないのか。今村夏子の作品を読むたびにそう思う。真っすぐで心が開きっぱなしの主人公は世界の悪意に傷つく。そしてそのとき、彼女たちの心は切なく輝く。
 本短編集に収録された「白いセーター」の主人公もそうだ。クリスマスイブの夜、彼女は「大好きな伸樹さんと、大好きなお好み焼きを食べにいく」約束をする。だが一本の電話で、彼女の人生は大きく変わる。
 電話の相手は伸樹の姉だった。その日の昼間に4人の子どもを預かってくれというのだ。教会に行く途中で、彼らは臭いホームレスが来たら叫んで追いだそう、と相談する。そして教会の中で、4歳の陸は誰かに向かって「でていけーっ!」と絶叫する。
 とっさに主人公は陸の口を手で塞ぐ。それでも暴れるので鼻をつまむ。すると陸は渾身の力を込めて、主人公の両胸をパンチする。しかも主人公が陸を殺そうとしたと、長男の大雅は伸樹の姉に訴え、彼女は伸樹にその事実を告げる。
 どうして子どもたちはそんな言葉を吐くのか。親などの身近な大人が、そう言っているからだろう。こうした排除の思想は「正義」のふりをして、子どもの中まで入り込む。
 今村夏子はいつも、弱い者から見た世界を描いてきた。たとえば『星の子』では、カルトの家で育った少女の日常が語られる。そこには多くの苦しみがある。だが同じだけの優しさや喜びもある。
 「白いセーター」で主人公は、虫嫌いの伸樹が店でゴキブリを見たらどうしよう、と悩む。そして伸樹はお好み焼き屋で、汚れや臭いが付かないように、彼女のセーターをコートで包んでくれる。他の場面に底知れない悪意が出てくるほどに、小さな善意がとても愛おしく感じられる。
 結局、主人公は伸樹と別れたのだろうか。それは分からない。けれども彼女は僕の心の中でこれからも生き続けるだろう。
    ◇
 いまむら・なつこ 1980年生まれ。小説家。「こちらあみ子」で太宰治賞。著書に『あひる』など。