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小さな「お互いさま」から始めるシェアライフ 石山アンジュさんが語る新時代の「共生」

文:篠原諄也、写真:斉藤順子

――シェアリングエコノミーの普及活動に努めている石山さんですが、自身もこのシェアハウスを拠点に、日々「シェア」を実践しているんですね。

 今、このシェアハウス「Cift(シフト)」で暮らしています。2017年に複合施設「渋谷キャスト」の13階のワンフロアで、クリエイターが住む場を作ろうということで始まりました。新しいライフスタイルを実験する場にしよう、と。発起人の藤代健介がクリエイティブで気の合う人たちを集めました。私は始まった当初から住んでいます。

――何人で暮らしていて、どんな部屋があるのでしょう?

 入居者は30人くらいで、30〜40平米ほどの個人の部屋が19部屋あります。共用の場所は、リビング、キッチン、ジムなどがあります。この60平米くらいのリビングでは、仕事をすることもあれば、みんなで映画を見ることもあります。「今日は何号室に集合ね」と決めて、部屋に集まって話すことも。家族みたいな感じですね。

――どういう人がいるんですか?

 本当にいろんな人がいます。料理人、ライター、弁護士、ミュージシャンなど。クリエイター系の職業の人が多いです。他にも複数の拠点があって、メンバーを全員合わせると約60人います。0歳から60代まで、多様な人たちが一緒に「拡張家族」をしているんです。

――「拡張家族」とは?

 血が繋がっていなくても、意識では繋がっている家族ですね。シェアハウスのコンセプトが「“ともに暮らし、ともに働く”意識で繋がる家族」なんです。メンバーの子育てをすることもあるし、誰かが病気になって入院することになったら、その費用をみんなのお財布から出したりします。

――入院費用まで出し合うんですね。

 家族として協同組合になっていて、家族バンクがあります。メンバーが組合費を月1万円入れています。その使い道は家族会議で話し合って決めています。食費や誰かが困った時のための救済費などに使っています。

――共に助け合う仕組みができているんですね。

 去年メンバーに子どもが生まれたんですが、最近は毎晩メンバーが交代でその子の沐浴をしています。お母さんがヨガのレッスンに行くときは、代わりに見てあげたり。実際に子育てをしてみると、我が子のように感じることがあります。もし困っていたら助けてあげたいと思うし、嬉しそうにしていたらこちらも嬉しくなってきたり。みんなの子どもをみんなで育てようという意識があります。こうしたセーフティネットがあると、働きながら子育てをすることがもっと楽になると思います。

――信頼関係が築かれているんですね。

 信頼関係を築く努力はしていますね。みんなに朝ごはんを作ったり、病気のときは看病をしたり。「シェアライフ」において、信頼は重要なキーワードです。シェアリングエコノミーを利用する上でも、相手が信頼できるかは重要なポイントです。メッセージのやりとりをする時に、返事が早いか遅いかで大分印象が変わってきます。

――シェアリングエコノミーを利用していて、何かトラブルが起こることはないですか?

 民泊サービスなどで相手とちょっとコミュニケーションがうまくいかないこともあるかもしれません。ただ、そもそもシェアリングエコノミーは基本的に個人対個人の「CtoC」のモデルなので、企業対個人の「BtoC」とは全く違う概念です。これまでのモデルとは違うことを理解した上で利用することが重要だと思っています。

――個人対個人だから、信頼が大事だと。本の中では、これからの時代は信頼が大事だと強調していました。

 今、お金の価値がすごく揺らいでいます。リーマンショックの例のように、高かったものの価値が急に下がったりする。また、社会の価値観が多様化し、社会的なステータスの価値も落ちている。昔だったら大企業に入社したら一生安泰だったけれど、今ではそんな考え方は崩れてきている。では、これからの豊かさの象徴は何かというと信頼ではないかと思っています。多くの人から信頼をされていて、何かあった時に助けてくれる繋がりがあることですね。

――信頼を築くにはどうしたらいいでしょう?

 まず、自分が「シェア」できる人になることが重要です。私も自分から人に何かを与えて、自分を開いていくようにしています。たとえば小さいことですが、もし満員電車で誰かの体調が悪そうだったら「大丈夫ですか?」と声をかけてみる。誰かに何かをやってあげると、結果的にそれ以上のことをお返ししてくれることもあります。小さな「お互いさま」を積み重ねていくことが大事ですね。

地域の課題解決のための「シェア」

――シェアリングエコノミーの普及とは、どんな活動をしているんですか?

 「シェア(共有)」という考えを社会に根付かせるために、シェアリングエコノミーの専門家として活動しています。企業やユーザーなどが集まった「一般社団法人シェアリングエコノミー協会」の事務局長として、規制緩和や政策推進の仕事をしています。また、2017年には政府から「内閣官房シェアリングエコノミー伝道師」として任命を受け、地方自治体への普及活動などをしています。

――行政に関わっているのですね。具体的にどんな活動をしましたか?

 17年に「シェア」で地域の課題解決を目指す「シェアリングシティ」の構想をし、総務省に提案しました。その2ヶ月後には2億円ほどの予算が下りることになり、「シェアリングシティ」として15の地方自治体が採択されました。そういった地方自治体で講演をしたり、シェアの仕組みを作るアドバイスをしたりしています。

――どんな分野のシェアリングエコノミーの導入が多いですか?

 多いのは雇用創出のための仕事のシェアや子育てのシェアのサービスでしょうか。高齢化が進む地域で、買い物弱者のために交通手段をシェアする事例もあります。珍しいものでは、雪かきの人材が足りない自治体もありましたね。

「シェア」に出会ったきっかけ

――石山さんが「シェア」に関心を持ったきっかけは?

 横浜の実家がシェアハウスを経営していました。一人っ子だったんですが、小さい時から家の中はいつも賑やかでした。父はよく世界中を旅していて、旅先で出会った人がうちに長期滞在していたり。朝起きると知らない人が家で寝ていることもよくありました。

――「シェア」が身近にある環境で育ったんですね。

 ご近所とのネットワークもありました。キャリアウーマンだった母はとても忙しくしていたんですが、夕食が食べたい時は近所の家のインターフォンを押したら、ご飯を食べさせてくれました。

12歳の頃、両親が離婚して、学校では少し疎外感を感じたこともありました。でも、家の中では普通に幸せだったんです。いろいろな人が出入りしていて、大家族のようでした。血の繋がりがなくても、いろんな人々との繋がりがあったら、豊かな生活になるとなんとなく思っていました。

――シェアリングエコノミーに関する仕事を始めたきっかけは?

 ベンチャー企業のクラウドワークスで働いたのがきっかけでした。いわゆるスキルシェアのサービスを提供していて、個人がスキルをインターネット上で「シェア」することで仕事を得ることができます。経営企画室で広報の仕事などをしていたんですが、クラウドワークスを通じて人生を変えたという多くのユーザーと出会いました。

――どんな人がいたのでしょう?

 たとえば、IT企業を定年退職した60代の方は、元気なのに家で何もやることがなかった。クラウドワークスで仕事を探して、もともとエンジニアだったスキルを生かして、医療系のアプリの開発をしていました。それがメディアでも注目され、自分の生き甲斐の創出に繋がったと話していました。

――「シェア」のサービスを利用して働く魅力とは?

 好きな時間に、好きなところで、好きな分だけ働けることです。個人として誰かにスキルを提供するので、自己肯定感にも繋がります。生き甲斐を感じながら働くことができる。すごく可能性を感じました。

「お客さん」より「友達」に近い

――本の中で、資本主義社会では人との繋がりが希薄になってしまうと指摘しています。

 資本主義社会は、大量に生産をして大量に消費をする。その循環で回ってきました。なので、モノの個別化が進んでしまったと思います。たとえば、メーカーは最たる例です。テレビが珍しかった頃は、3家庭に1台だったのが、一家に1台となり、さらには1部屋1台になりました。いまでは一人で何台もデバイスを持っていたりしますね。

家もそうだと思っています。かつては大家族だったのが核家族になって、今では単身世帯が多くなっている。お金さえあれば、一人で完結するんです。それが人との繋がりの希薄化に結びついてしまいました。

――便利になったことで、人と助け合う必要性がなくなってきたと。

 たださまざまな問題が出てきています。たとえば、独居老人が増えて、孤独死をする人が年間3万人近くもいる。若い世代では、子どもを産んでも保育園に入れられず、仕事をやめないといけない。そうした課題は「シェア」を実践することで解決できると思っています。

――人と繋がって、共に助け合う仕組みを作ると。

 「シェア」が広がると消費において人と繋がることができるようになります。たとえば、私は海外旅行でよく民泊サービス「Airbnb」を使っていますが、ローカルの人と友達になることができる。帰国した後も、Facebookでメッセージのやりとりをしたり。「お客さん」というより「友達」の感覚に近いんです。

――利用した後も友達として関係が続いていくんですね。

 今は世界中の人とすぐ連絡を取ることができます。これまでも人脈力のある人はいましたが、それはコミュニケーション力の高い人だったと思います。でも、今ではコミュニケーション力が低い人でも、テクノロジーの発達のおかげで、人と繋がりやすくなっています。これからの時代は「シェア」という考え方がすべての人にとって希望になるのではと思っています。