女性たち・県警・政治家…はいずり回り取材
「(作品の舞台になった)沖縄の読者から評価されたのが、何より安心した」
那覇市内に第二の拠点を構える藤井さんが、毎月のように沖縄に通うようになって20年余り。点在する売春街の一つ、真栄原新町(宜野湾市)を案内してくれたタクシー運転手との出会いを機に関心を深めた。「名古屋の歓楽街に育った自分の境遇と重ね合わせた」と自己分析する。
「本にするあてもない時期から、街をはいずり回るように飲み歩いて人と会い、米国占領下の史料を集めていた。戦後日本の矛盾が凝縮された沖縄の中でも、基地や貧困などの問題が特に集中している場所だという直感があった」
ただ、街で働く女性や経営者、地主ら取材対象となる人たちの口は重かった。2010年ごろから警察や自治体、地域が一体となった街の「浄化運動」が一気に進むと、「街があったことを記録して」と口を開く人が増えた。「時代の流れで街が消え、関係者が散り散りになる寸前。あの時を逃せば話は聞けなかった」。いま街の多くに歓楽街の面影はない。
戦後沖縄の売春街は、米軍基地と隣り合わせの存在だった。米兵の暴力と貧困の中で生きるために稼ぐ場だった時代を経て、1990年代に入ると観光客向けにシフトしたが、街に身を置く女性の多くは離婚や借金などの問題を抱えていた。「街の人たちがどんな風に血を流し、涙を流してきたのか。誰かが文字に残さなければと背中を押された」。取材対象は、街が資金源になっているという見方を否定する暴力団元幹部から、「浄化」を進める県警幹部や政治家まで、多岐にわたった。
沖縄書店大賞は昨年1年間に出版された本から、同県内の書店員が投票で選んだ。『沖縄アンダーグラウンド』は沖縄がテーマの約400点を対象にした沖縄部門での受賞。小説部門では真藤順丈さんの直木賞受賞作『宝島』(講談社)が選ばれた。こちらは米国統治下の基地から物資を盗み出す若者たちが疾駆する力強い小説だ。授賞式で玉城デニー知事は「本土」の書き手による2冊の受賞を「双子」だと祝った。
「沖縄の人は、県外の人が沖縄をどう書くのかを気にする。しかもタブーと言われてきた題材。沖縄の読者にどう読まれるのか心配だった」と藤井さん。社会学者・岸政彦さんの『はじめての沖縄』や上間陽子さんの『裸足で逃げる』、打越正行さんの『ヤンキーと地元』などが近年注目を集めている。「戦争被害と米軍基地の島という視座は重要。でも、どこか本土目線の単眼的な沖縄のイメージが先行してきた感もあり、そこから脱して問題の複雑さに分け入る複眼的な視点が生まれつつあるのでは」。藤井さんは「沖縄の語られ方」の変化を感じている。
長年通い詰める藤井さんだが、沖縄と本格的に向き合うルポは初めてだった。「歩き回るうちにまたテーマが見つかるはず」。今後も腰を据えて取り組むつもりだ。(大内悟史)=朝日新聞2019年5月8日掲載
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