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そっけなさの落ち着き 津村記久子

 元号は令和に変わったが、わたしは毎日のように昭和のファミコンソフトの動画を観(み)て暮らしている。去年から今年にかけて、たぶん百回は〈ポートピア連続殺人事件〉のプレイ動画を観たと思う。部屋に戻って、何かほっとしたいと思うと手が勝手にリモコンを操作してポートピアの動画を再生している。「落ち着くわー」とテレビの前に座り込んでわたしは思う。意味不明だ。

 ご存知(ぞんじ)ない方もいらっしゃるかもしれないので簡単に説明すると、〈ポートピア連続殺人事件〉はサラ金の社長の殺人事件を捜査するという〈ドラゴンクエスト〉の堀井雄二さんが作ったコマンド選択方式の推理ゲームである。ファミコンソフトが出たのが一九八五年(パソコンでは一九八三年)なので、グラフィックはとても単純なものに終始し、登場人物は点の目に線の口で表現されている。

 理由がわからないわたしの「落ち着くわー」なのだが、もともとわたしは人間が単純な顔をしているアニメーションを観ると安心するたちなので、それもあるのかもしれない。現実の人間も、誰かの欲望に添うようにデザインされたマンガやアニメのキャラクターも、自分にはアトラクティブすぎて戸惑うのではないかと思う。なんというか、反応に疲れるのだ。世の中に情報としてあふれかえる「美」も「愛嬌(あいきょう)」も「調和」も、それが善なのは頭ではわかっているけれども、だんだん相手をするのが面倒になってくる。疲れ切っている時に見たいのは、人よりも山や川だ。

 ときどきゲームをやっていて思うのは、自分に関してはグラフィックの情報が多ければ多いほどうれしいわけではないということだ。加齢のせいかもしれないが、単純な方が長時間見ていても疲れなかったり飽きなかったりする。

 何でもあればあるほど本当に幸せか? 動画を観ながら考える。大事なのは本人の按配(あんばい)かもなと思い至りながら、わたしは今日も落ち着く。=朝日新聞2019年5月8日掲載