「颯人が手土産のショコラを湯煎している。ベーシックなものだけでは足りずオレンジピールの入ったものも加えているから、漂う香りには柑橘の爽やかさも混じっていた。(中略)颯人は湯煎を切り上げ、出しておいたバニラアイスのフタを開けた。そして、水に浸した二本の銀スプーンでアイスをこそげ取る。スプーンを水に何度もつけてアイスを溶かしながら、手早く形を整えていく。あっというまに、綺麗なボールの形になった。(『ケーキ王子の名推理 3』より)
今回紹介する作品は、女子の大好物(?)スイーツ×イケメンコラボ、第3弾! ケーキが大好きな女子高生・未羽(みう)は、スイーツのことになると「超舌」食レポが炸裂し、2度目のデートで彼氏に振られてしまいます。落ち込む未羽は、たまたま訪れたケーキ屋「Mon Seul Gateau (モンスール ガトー)」でパティシエ修行をしている学校一のイケメン、颯人(はやと、あだ名は「冷酷王子」)と出会います。颯人が師匠と仰ぐパティシエ・青山の店でアルバイトを始める未羽に、徐々に心を開いていく颯人。ケーキを愛する二人は「甘い」関係に進展するのか⁈
と、今後の恋の行方にも注目なのですが、「食いしんぼん」的に忘れちゃならないのが毎回登場するスイーツたち☆ おなじみのティラミスやシフォンケーキから、手の形をしたベルギーのお菓子「アントワープの手」という珍しいものまで、世界各国のスイーツに目移りしてしまいます。著者の七月隆文さんに作品に出てくる「甘いもの」のお話を伺いました。
最先端のケーキって全て計算して作られている
——おいしいスイーツを食べると感動のあまり食レポが止まらなくなる未羽ですが、作中に登場するスイーツは実食されたのですか?
作中で未羽が特に熱く語っているケーキは必ず食べていますよ。スイーツを食べる時に「未羽、降りて来い!」と念じると、未羽が言いそうなセリフがバーっと頭の中に浮かぶので、それをその場でメモに書いておくんです。
この作品を書くまでは、僕もファミレスでたまにパフェを食べるくらいにはスイーツ好きでしたけど、有名なお店にわざわざ行くっていうほどではなかったんです。今作を書くにあたり、色々なお店のケーキを食べましたが「最先端のケーキってこんなに計算されて作られているのか」と驚きました。特に印象に残っているのが、東京の自由が丘にある「パティスリー・パリセヴェイユ」のスペシャリテ「ムッシュアルノー」というケーキです。口に入れた瞬間、ブロックが凄まじい勢いで積みあがっていくような立体的な味わいで「このクリームとこのクリームが合わさって、ここでナッツの食感が効いて、後から香りが広がって……」ということが全て計算して作られていると感じたんです。ケーキはよく建築に例えられるんですが、そのことを実感しましたね。
——未羽ばりの熱い食レポ、ありがとうございます(笑) 。そんなお話を伺っていると頭と口が甘いものを欲してきましたが、洋の東西を問わず、世界にはたくさんのスイーツがありますよね。本作では各スイーツの歴史や由来などにも触れていますが、七月さんが感動したエピソードがあれば教えてください。
ケーキというと、勝手に西洋由来だという思い込みがあったので、ショートケーキが日本独自に発展したものだったことを知った時は驚きました。柔らかいスポンジと柔らかい生クリームに、イチゴが乗った「あの形のケーキ」が、カレーやラーメンと同じように、日本独自の発展を遂げた食べ物だったとは! 生クリームの白とイチゴの赤で、色まで日本っぽいというオマケまで付いて、本当にこれは「日本のケーキ」なんだなと感じました。
——各国のスイーツと比べて、ショートケーキの良さって何でしょうか?
味がシンプルでバランスがいいことです。多分西洋の人って、もっと甘くてこってりしたものが好みなので、あっさりした味わいのケーキというのは日本人だから受けるんだと思います。ショートケーキって他の国ではあまり広まっていないし、昔から今に至るまで、一番日本人の好みにカスタマイズされて作り続けられている。そこが他のケーキとの一番の違いじゃないかな。
——シリーズ第3作では、クラスメイトのもめごとに悩む未羽の妹・翼のエピソードがあります。翼が勇気を出して間に入り、クラスが一致団結したことを聞いた颯人は、翼のためにベルギーの家庭でよく食べられているというデザート「ダームブランシュ」を作ります。バニラアイスとチョコレートというシンプルな組み合わせですが、香りづけしたチョコレートをかけたり、スプーンで器用に形を作ったりと、颯人のパティシエとしての技がきいたデザートになっていますよね。がんばった翼に「よくやったね」という気持ちで作った颯人の優しい一面が見えて、キュン♡としました~!
個性豊かな面々がそろった未羽の家族のシーンはシリーズ全体を通して定番なので、颯人が未羽の家に行くストーリーを書くことは決まっていました。でも、人づきあいが苦手で不器用な颯人が、どうしたら未羽の家族に対して優しい気持ちになり「ダームブランシュを作ろうか」と言うか考えたんです。そのころ読んでいた資料にベルギー人の話として書かれたものがあって、夕ご飯の後にもう少し家族で話したい時「ダームブランシュを作ろうか」と言うのが合言葉みたいになっている、というエピソードを読んで「これ、いいな」と思いました。作中でも触れていますが、ダームブランシュは「家族の誰かが何かをがんばったとき」に作るデザートなので、翼のピュアな気持ちと颯人の心の動きをテーマにこのエピソードを膨らませました。
——作中に登場するスイーツはどうやって見つけているのですか?
スイーツの由来について書かれた本がメインです。本作ではスイーツと謎解きを絡めなくてはいけないので、実はネタ出しが大変なんですよ。「ケーキの謎ってなんだよ!」と愚痴ることもありますが(笑)、今後もどんなスイーツと出会えるか楽しみです。