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コーヒーの香り、心通わすひととき 橙書店@熊本市

カフェスペースで常連客と談笑する田尻久子さん(右)=熊本市中央区

 初めて入る時は、ちょっとためらうかもしれない。熊本市の中心部にある古い雑居ビル。階段は何だか薄暗い。でも、2階にある扉を開けると、コーヒーの香りがふわり。暖かな色合いのあかりに照らされて、木製の本棚が並んでいる。

 橙(だいだい)書店。別名は、カフェ「オレンジ」。店主の田尻久子さん(50)が2008年、元々経営していたカフェの隣に書店を開いたのがはじまり。3年前、熊本地震で被災したのを機に、一つにまとめて移転した。

 翻訳小説や人文書を中心に約2千冊。取次会社を通さず、田尻さん自身が選ぶ。多くは出版社から直接買い取って仕入れる。「返本できると、私の場合、本選びに甘えが出そうなので」

 カフェスペースのカウンターで一服しながら、おすすめの本をたずねる人も。「熊本旅行の間に読めるものは」「親の介護の息抜きに」。田尻さんは少し考えて、すぐそばの本棚から一押しの一冊を差し出す。

 「私もお客さんから教えてもらいます。お客さん同士、好きな本の話で盛り上がることもありますね」

 くつろいだ雰囲気の店内で、詩人の伊藤比呂美さんが朗読会を開き、思想史家の渡辺京二さんが講演することも。作家で建築家の坂口恭平さんは、書斎がわりに原稿を書きに来る。

 田尻さんは言う。「経営はいつもぎりぎり。すべての人の好みに対応できる書店ではありませんが、扉を開けて入って来てくれる幾人かの心に響けばと思って続けています」(上原佳久)=朝日新聞2019年5月22日掲載

 ◇売れ筋
 ●『みぎわに立って』田尻久子著(里山社) 橙書店の店主によるエッセー集。個性的なお客さんに加えて猫や蜂までやって来る。そんな日常を柔らかな筆致でつづる。
 ●『苦海浄土』石牟礼道子著(講談社文庫) 生の尊厳を求める水俣病患者を描いた名著。「石牟礼ファンのお客さんは多いです」と田尻さん。