「大石芳野写真集 長崎の痕(きずあと)」書評 穏やかな笑み 被爆者の人生は
ISBN: 9784865782196
発売⽇: 2019/03/25
サイズ: 22cm/287p
大石芳野写真集 長崎の痕(きずあと) [著]大石芳野
あらゆる写真がインターネット上に溢れているにもかかわらず、ドキュメンタリー写真といえる写真が減ったと思う。大石さんは、弱い立場にあった人々に戦争がもたらしたものを丁寧に撮ってこられた。原発事故や地震津波豪雨などの災害が起こり、東アジア情勢の緊張が高まり、沖縄で日米の関係が荒々しい姿を現している今、かつて長崎で被爆した経験を持つ人々の現在を収めたこのドキュメンタリー写真集には格別の重みがある。「忌まわしさから早く逃れたい指導者」が置き去りにしてきたヒバクシャの歴史が今も繰り返されていると大石さんはいう。
一人一人の肖像写真には、被爆した時の状況、戦後の病や苦難、そして現在と家族の状況をまとめた短い文章がつけられている。一つずつ読んでいくと、その抑制された行間に溢れるほどの人生が感じられる。と同時に、三菱の造船所や兵器工場が点在し、そこから真珠湾に魚雷が送られ、太平洋に戦艦が送られてきたこと、多くの人々がそこで働いていたこと、軍需工場に徴用されてきた沖縄の人がいたこと、朝鮮半島から来て差別の中で働き戦後も日本に残った人がいたこと、生活に根付く中国文化、クリスチャンと教会の存在などが浮かび上がってくる。公文書や指導者の意思ではなく、市井の人々の口から出る言葉で綴られるもうひとつの歴史である。
写真の中の多くは穏やかに微笑んでいる。「ヒバクシャ」という言葉から連想するような悲惨を直接映し出すのではない。過酷な体験を乗り越えてきた人たちの凜とした姿が、より深く見る者に考えさせる。まるで家族や親しい友人に向けるような穏やかな表情をどうやって人々からひきだしたのだろうか。写真家として、そして人間としての大石さんのありように、人々が応えているのだろう。
巻末には、英訳も付されている。英語文化圏の人にもぜひ読んでほしい1冊である。
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おおいし・よしの 写真家。『ベトナム 凜と』で土門拳賞。『子ども 戦世のなかで』など多数。