(1)吉行淳之介著『目玉』(新潮社、89年刊)は、昭和後期の名編「葛飾」、平成元年の「いのししの肉」など7作を収録。女性ではなく、男性を描く筆が冴(さ)えわたる点に見どころがある。秒針のように進む文章の美しさは、これ以上のものを小説に求める必要がないしるしだと思う。
(2)荒俣宏著『プロレタリア文学はものすごい』(平凡社新書、00年)は、「蟹工船(かにこうせん)」ブームの8年前に書かれた画期的評論だ。小林多喜二、葉山嘉樹、黒島伝治、岩藤雪夫らを精読。これまでにない斬新な逆転的視点で、往時のプロレタリア文学の厚みと豊かさを示し、論じ切る。
(3)耕治人(こうはると)著『一条の光・天井から降る哀(かな)しい音』(講談社文芸文庫、91年)は没後に出た代表作集。畳の上に生まれた小さなゴミ。そこに一条の光が走りぬける――。長い間、地味な作家生活を送った著者は、後年、現代小説の新たな光源となる作品を書いて読者の心をとらえた。
(4)小山田浩子著『庭』(新潮社、18年)は「庭声」「名犬」「蟹」などを収めた近作集。世代、時代、個人の間の距離と時間が消えうせる、不思議な世界を映し出す。文章の傾斜と、速度が印象的。
(5)マーサ・ナカムラ著『狸(たぬき)の匣(はこ)』(思潮社、17年)は、第23回中原中也賞受賞作。著者は平成2年生まれの女性詩人。学童疎開、柳田國男への手紙、爆弾三勇士、鯉(こい)を見つめる江戸時代の人など、未体験の情景を溶け合わせ、ことばと詩の自由度を一気に高めていく。特別な才能だ。=朝日新聞2019年5月1日掲載