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わかりあえない男女、苦く深く 金原ひとみさん「アタラクシア」

金原ひとみさん=倉田貴志撮影

「だよねだよね」の裏、満たされぬ心

 アタラクシアとは平静な心の状態をいう古代ギリシャの言葉。登場人物は20~30代。結婚し、仕事が軌道にのってもなお、誰もが愛に飢えている。ままならない関係を描くときに不倫がテーマとなったのは、周囲で夫婦関係の致命的なズレを見聞きすることが重なったから、という。
 「私も結婚して15年くらい。一緒にいればいるほどわかりあえなさが見えてくる。わからないのだとあきらめてしまえば、スムーズにまわっていく。かといって、すごく共鳴する人との関係は互いに背負いすぎてつぶれがち」
 由依は翻訳家。夫には心を閉ざし、パリで出会ったシェフ、瑛人との時間を大切にしている。瑛人の店で働くパティシエの英美は、浮気を繰り返す夫と反抗的な息子に怒りと絶望を抱えている。由依を担当する編集者の真奈美は、酒を飲み暴れる夫から逃れるように同僚の男と夜を過ごす。
 不倫する側、される側。多視点で物語は進む。「いろんな視点を使って、伝わらなさを描きたかった」。女性視点の執筆は憑依(ひょうい)系。家庭内暴力をふるわれたり浮気されたりする妻が「全部わかるような気持ちになって苦しかった」。男性視点は観察系で「完全には理解できないという前提から開放感があった」。
 「男の人は異物という感じがする。娘たちときゃっきゃっと話しているときに、入ってきた夫の一言でしらけることがあって。『まあ、パパはね……』と女3人で苦笑い。でも『わかるわかる』というノリがきついときもあって、わからなさを投入してくれるのが男性でもある」
 執筆中はパリで暮らしていた。東日本大震災後の2012年に娘2人を連れて移住。昨夏、帰国した。日本に戻り、「人と人とのつきあいが『わかる』が前提になっている」と強く感じたという。フランスでは「なぜそう考えるのか」「あなたの意見はわからない」と日常的に疑問や異論を言われていた。「『だよねだよね』のコミュニケーションは最近の日本特有。ぶつかり合いや摩擦が随分減ったなあと感じます」
 自分以外すべてが幸福に見える英美の、「誰かに、気が狂うほど求めてもらいたかった」という叫びは苦しい。承認欲求はふくらむばかり。「フランス人は日常の中で充足していました。のらりくらりと仕事をして、ほどほどのパスタを食べ、ワインを飲み、友達と話せばそれで幸せだという。日本人の私から見ると不思議なのですが、考えてみれば、日常を送るだけでは満たされない方に病理を感じる」
 小説でこれといった目標はない。書けるものを書く。「あきらめ」だと言う言葉は覚悟に聞こえる。「私はこれからもずっと、どうしようもない人たちを書いていくんだと思います。どうしようもない人にひかれるから」(中村真理子)=朝日新聞2019年6月12日掲載

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