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マニアの財布を直撃!幻のヴィンテージ・ホラーが続々刊行

文:朝宮運河

 『死者の饗宴』(横山茂雄・北川依子訳、国書刊行会)は、20世紀怪奇小説の鬼才、ジョン・メトカーフの代表作を収めた短編集である。メトカーフの短編はこれまでも散発的に訳されてきたが、一冊の本としてまとまるのはわが国では初めて。思わず小躍りしたホラーファンは私だけではないだろう。
 妻を亡くし、息子のデニスとひっそり暮らすハブグッド氏。しかしフランスの知人宅に滞在して以来、デニスの様子がおかしい。かの地で親しくなったラウールという男に原因があるらしいのだが……。そんなある日、家にマネキンのように生気のない男が訪ねてきた。人とも魔ともつかない男に魅入られた少年の悲劇を、父親の視点から描いた表題作など、まがまがしいムードが行間からにじみ出る全8編。
 海上に浮かぶ茶色い〈島〉に取り憑かれた男の奇談「ふたりの提督」、元上官の息子を突然預かることになった退役軍人の物語「ブレナーの息子」など、大きな謎を残したまま終わる作品も多く、その曖昧さが恐怖をより引き立てている。
 メトカーフは怪奇小説専門の作家ではなく、生前は文学的名声を得ることもなかったが、絶妙な語り口とツボを押さえた恐怖描写は、今なお読者を戦慄させてやまない。とりわけ表題作のショッキングな幕切れはトラウマ級。ヴィンテージ・ホラーの醍醐味が詰まった一冊である。

 最近こうしたレアな作品の邦訳・復刊が相次いでいるので、さらに紹介してみたい。『ネクロスコープ 死霊見師ハリー・キーオウ』(上下巻、夏来健次訳、創元推理文庫)は、現代イギリスのホラー作家、ブライアン・ラムレイの代表作。長らく名のみ知られる存在だったが、本国から遅れること30余年、このほどついに邦訳された。
 イギリスの炭鉱町で暮らす少年ハリーは、ある日を境に、死者と会話ができるようになる。成長した彼は、政府の秘密組織〈イギリス霊能諜報局〉に参加。死霊見者=ネクロスコープとしての才能を開花させてゆく。一方ソ連の〈超常諜報戦術開発局〉に属する霊能力者ドラゴサニは、ルーマニアに眠る古きものと契約し、邪悪な力を獲得していた。数奇な運命で結びつけられた二人の死闘が始まる。
 22年間イギリス陸軍に勤務したラムレイのホラーは、きびきびした筋運びが特徴。東西冷戦下を舞台にした本作でも、対立する大国の諜報機関という設定のもと、スパイ小説・冒険小説的面白さを追求している。そこに吸血鬼伝説などの怪奇趣味がトッピングされるのだから、好きな人間にはたまらない! 16巻にもおよぶ大河シリーズらしいので、早々に続きを出してもらいたいもの。

 『玉藻の前』(中公文庫)は、『半七捕物帳』でおなじみの岡本綺堂が大正期に執筆した長編。平安時代の京都、千代松と藻(みくず)は恋人のように仲のいい幼なじみだったが、藻が古塚の狐に憑依されたことで、関係は変化してしまう。才能が認められ、ときの関白藤原忠通の屋敷にあがった藻は、玉藻と名を変え、じわじわと公家社会での影響力を強めてゆく。下敷きになっているのは、中国、インド、日本の三国を危機に陥れた金毛九尾の妖狐の伝説、いわゆる〈殺生石伝説〉だ。
 特筆すべきは、近づく男たちを魅了し、破滅させてゆく玉藻の凄艶な美しさ。陰陽師の弟子となった千代松も、幾度となくその誘いに乗ってしまうのだ。怪談の名手として知られる綺堂だけに、背筋がゾッとする名場面も満載。陰陽師が藻の家を見て「凶宅ぢや」と呟くくだり、玉藻が殺した童女の頬を舐めまわすエロティックな一場などは、特に忘れがたい。これまで何度か再刊されてきたジャパニーズ・ホラーの古典だが、今回の中公文庫版には連載時の挿絵(井川洗厓によるもの)が掲載されているので見逃せない。

 『メーゾン・ベルビウ地帯 椿實初期作品』(幻戯書房)は、吉行淳之介、中井英夫の盟友にして、稲垣足穂や三島由紀夫を唸らせた幻の天才・椿實の初期作品集。
 港町を歩く私は、旧友の壬生と再会する。海賊として異国を経巡っていた彼は、ある町で美しい人魚と出会ったというのだが……。澁澤龍彦が激賞した「人魚紀聞」をはじめ、若くして世を去った妻が白鳥に変化する「三日月砂丘」、男の前に彼の内なる女性性が姿を現す「月光と耳の話」など、ひんやりとした手ざわりの幻想譚が並ぶ。表題作は終戦直後の東京を活写したものだが、著者の変幻自在のレトリックは、猥雑な現実をも見知らぬ世界に変えてしまうのだ。
 ちなみに本書は1982年に刊行された『椿實全作品』を改題し、未発表評論、中井英夫宛の書簡などを増補したもの。5000円という価格に一瞬ひるんだが、初版800部限定シリアルナンバー入りと聞いては買わないわけにはいかない。マニアのお財布を直撃する好企画の数々に、嬉しい悲鳴をあげている今日この頃なのだ。