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夢かなうこと証明、30歳で奮起 今村翔吾さん

今村翔吾さん=相場郁朗撮影

時代小説、人の愚かさや「善」浮き彫り

 「一回読んだら今村翔吾の小説にはまってもらえると、自信を持って書いてます」「宣言しときますが、直木賞、取りたいと思ってます」。大きな拍手で、会は冒頭から盛り上がった。
 江戸の火消(ひけし)や「くらまし屋」の人情の機微を巧みに描いた大活劇で人気。直木賞候補になった『童の神』では、人間の存在とは何かという重厚なテーマに挑んだ。
 時代小説との出会いは小学5年生のとき。古本屋で池波正太郎の長編『真田太平記』を見つけ、欲しくなった。母に「ほんまに読むんかいな」と言われたが、夏休みに読破した。これで、はまった。司馬遼太郎、藤沢周平、山本周五郎と読みあさった。高校の卒業文集には「夢は小説家」。周囲に「作家になる」と言い続ける一方で、「人生経験積んで40~50歳でデビューする。それまではものにならん」と思い込んでいた。
 忘れられない思い出がある。20歳くらいのとき、交際していた年上の女性に、酔ってべろべろになって「いつかやる。本気になるから」と言った。「一番だめなパターン。言うだけで何もせえへんやつ」と当時の自分を振り返る。
 ある日、彼女のアパートに行ったら、小さなテーブルの上に手紙が置かれていた。実家の事情で故郷に帰るとあった。「あなたは絶対、何者かになれると信じています」。号泣した。「彼女のやさしさ、ありがたさを忘れんとこ、自分に刻み込んで生きよう」と思った。何事にも真面目になった。
 ダンスインストラクターをしていた30歳のときに転機が来た。
 指導する子どもたちの中に、家出を繰り返す中学生の女の子がいた。「何でこんなことすんねん」と聞くと、「私はどうでもいい」となげやりな答えしか返ってこなかった。「やりたいことがあるなら、あきらめるな」と励ましたときの反応が「翔吾君も、夢、あきらめているくせに」。
 この一言はこたえた。「自分で小説家になると言ってきたけど、子どもには『一生やらんやろ』と思われていた」。反射的に「分かった。なる」と答えていた。1週間後に「どうやったら、なれるんやろ」とネット検索。そこで見つけた地方の文学賞に応募したら、受賞が決まった。少女に「30歳からでも夢はかなうと証明する」と話すと、こう言われた。「普通にデビューしただけではあかん。直木賞、取りや」
 「直木賞は、あまり本を読まない子どもでも知っている。だから、取らなあかん」
 デビューしてからは「怒濤(どとう)の2年半」。朝の9時から未明の2時まで、ひたすら書き続ける。
 時代小説の魅力とは。
 「人は根本的に変わらない。愚かな点もあるし、それをどうにかしたいという善の部分もある。それを浮き彫りにできるのが時代小説やと思います」「人の歩んできた歴史を学者は資料で明らかにするが、小説家には埋まっていない部分を自由に書ける特権がある。人というのはこうではなかったかと提案して、読者に『そうやな』と思ってもらえるのが喜び」
 「70歳まで書く」という前提で試算をしてみた。「残り35年として30万6600時間。1日に原稿用紙10枚書くとしても283作しか書けない。いま頭の中にあるアイデアの数を考えると、全然足りない」。それでも、その時々の最高のものを出していきたいと決意している。(西秀治)=朝日新聞2019年6月29日掲載

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