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「芥川賞ぜんぶ読む」菊池良さん×「直木賞のすべて」川口則弘さん対談〈前編〉 受賞作、全部読んでわかったこと

構成:松澤明美 写真:黒澤義教

芥川賞受賞作一覧に線を引いていくのが楽しい

――菊池さんの新刊『芥川賞ぜんぶ読む』は、書名のとおり、過去84年間の芥川賞180作品を全部読み、それぞれの内容を紹介したガイドブックです。そもそもなぜ、全部読もうと思ったのですか。

菊池良さん 富士山を登るみたいな感じで、登山的なモチベーションでやりましたね。誰もやっていない山を登頂するような。でも、文学賞を全部読むというのは初めてです。

川口則弘さん なんで芥川賞なのですか。全部の中でもいろいろある中で。

菊池 前から気になっていた賞でした。受賞の記者会見がニュースで流れますし、マスコミ的興味といいますか。一番有名な賞なので富士山を登るみたいな感じでいっちょやってみようって。

――川口さんは20年にわたり、ウェブサイト「直木賞のすべて」を運営されています。芥川賞もすべて読まれているそうですが、直木賞の方が先ですよね。

川口 そんなことはないです。興味を持ったというか、手をつけ始めたのはだいたい同じで大学時代くらい。全部読もうと思ったのは征服欲じゃないですかね。いろんなところで過去の受賞作一覧みたいのを目にする訳じゃないですか。

菊池 横線を引いて消していく。まだ、こんなにある(笑)。

川口 1個ずつ達成に向かっていく感覚。全部読む理由は、まずそこにあると思う。

菊池 僕も消しました、消しました。エクセルで表を作って、完了、読了みたいにやりましたね。180作品。受賞作なしも含めて、全部の進行状況を見られるものを作って。1個1個、潰していってあと80個かみたいな(笑)。

川口 直木賞、芥川賞だけじゃなくて他のいろんな文学賞でリスト化されているものがありますよね。一番分かりやすいのが受賞作一覧で、ミステリーなら江戸川乱歩賞があったり。単なる一読者として、これは面白そうだなって思って、この中から選んで読む訳ですけど、だんだん読み終えた数が増えていくと、よし全部行っちゃえ、みたいな(笑)。

菊池 頂上が見えてきた。行くしかないみたいな(笑)。芥川賞で事前に読んでいたのは本当に少なくて10〜15ぐらい。それも、書くときに読み直しました。間違えちゃいけないので全部チェックし直した。

――もともと芥川賞受賞作はある程度読まれていたのですか

菊池 作家として読んでいる人はいるのですが、芥川賞ってその作家の代表作にならない。60~80年代くらいの受賞者は、作家として知っているけど、受賞作を読んでない人は結構いましたね。読んでいたのは2000年以降の又吉直樹さんや、朝吹真理子さん、西村賢太さん、川上未映子さん、阿部和重さん。モブ・ノリオさんとかは読んでいましたね。長嶋有さんも。今回は、最新の作品から遡る形で、どんどん読んでいきましたね。(2001年上期、第125回の)玄侑宗久さんまでが『芥川賞全集』(全19巻、文芸春秋)で出ているので。全巻そろいで8000円っていうものすごく安く手に入れて。こんないいものがあるのだなと。

川口 私もそのぐらいで買いましたよ。『芥川賞全集』は古本屋で買うと安い。

菊池 すごくいい買い物だなって思って。

川口 全部読もうってニーズがないんでしょうね、安いってことは(笑)。よく出回っているし。

菊池 玄侑さん以降は入手しやすい。文庫になっていたりして、集めるのはすぐできて、それをどんどん塗り潰していく感じ。(芥川賞受賞作が掲載されている)文芸春秋のバックナンバーは集めました。途中で集まらなくなって、2001〜2005年くらいまでは文庫で集めましたね。まずは全集の第15巻とかを手に取って、パラパラ見て短いのから読みました。短編も入っていて、すぐ読めるのもあるので。それを読んで「よっしゃ、一個攻略した」って。

――読んだあとは読書メモを取るのですか。

菊池 僕の場合は読んですぐ書きました。登場人物の名前の初出と何か行動があったところの部分に全部付箋を貼って、それを見返しながらすぐ書くっていうスタイル。それをどんどんやっていくって感じですね。

川口 私は本当に単なる趣味です。特別何かに残そうって気持ちも特になく。単純な消費ですよ。芥川賞なら『芥川賞全集』を買ったり、図書館で最新のものをコピーしてきて、趣味で読んでました。直木賞を読んでいる間もメモっていうのは特にない。途中から自分のサイトを作ったので、各作品の登場人物や、どこで起こった話なのかってことは載せると決めましたが、あらすじとかは書いてないんです。

菊池 直木賞全集はないので、作りたいですか。

川口 コンプリート欲がある人が世の中にそんなにいないのかもしれないですけど……。まず比較して、芥川賞を全部読むのと直木賞全部読むのとは探してくる苦労の度合いが比較にならないくらい直木賞は大変。全集がないから一冊一冊集めていく。読み始めた大学時代はネットがない状態だったんで、非常に前近代的なやり方をしないといけない(笑)。そもそも、どの本に受賞作が載っているのか、から探さないといけない苦労はありました。でもコンプリート欲人間からすると、そういう壁があった方が面白いじゃないですか。達成までの難しさのレベルが上がれば上がるほど、コンプリート欲というかコレクター欲っていうんですかね。なかなかピースがはまらないのが難しいほど燃えてくる。直木賞を全部読む過程の中で、いろんな体験をして、より全部読んでやろうとの意欲も燃えたし、直木賞に対する愛着が芽生えましたね。

 大学時代から江戸川乱歩賞も並行して読んでいます。乱歩賞は芥川賞ほどじゃないですけど全部読むのは簡単です。ほとんど講談社文庫から出ていて、版元が決まっている。直木賞はバラバラ。そして、歴史が長い。戦前から含めて受賞作を探していくのはなかなか厳しい戦いでしたね。直木賞とか、芥川賞って初版本コレクターとかいて、古書業界では知れ渡っていて、どの本に受賞作が載っているとか知られている。でも、私みたいな素人が興味を持って入っていくときに、そもそも何の本を買っていいのか分からない。周りには熱意を理解しくれる仲間も特にないので。ただ、すごく金額が高い本はなかったです。1作数千円レベルですね。

菊池 川口さんの『直木賞物語』を読むまで、直木賞は2000年以降の印象しかなかったので全然印象が違って面白かったです。宮部みゆきさんとか東野圭吾さんとか、売れている中堅の人が取るっていう印象だったのが、最初の方を読むと文芸寄りの作品が受賞するのが多かったりして、読むとなるとまだ僕には早いのかな(笑)。

全部読んでみると驚きがいっぱい

――全部読んでいくなかで、これは読むのがつらかったとか、想像していたのと違って驚いたといった作品はありましたか。

菊池 第1回の「蒼氓」(石川達三、1935年上期)が印象と違いましたね。ポリティカルですし、プロレタリア文学っぽい感じもある。こういうのが最初の芥川賞なんだっていう驚きはありました。最近のイメージだと、純文学って内省的な感じで、自己の実存を問うみたいなイメージだった。こういう政治性のあるものが取るんだって驚きがありました。一番面白かったのは「エーゲ海に捧ぐ」(池田満寿夫、77年上期)。最初、タイトルだけ聞いて真面目な文芸本なのかと思って読み始めると、語弊があるかもしれないですが下ネタというか。性的な比喩ですごく笑える話。これが、このタイトルで芥川賞を取るのかっていうのはありましたよね。よく取ったなって作品の一つです。

川口 これを高く評価した人がいたっていう。

菊池 いい意味の裏切りですね。戦中の作品はどれも意外性があって面白い。歴史的に考えたら当たり前ですが、普通に統治下の上海が舞台だったりする。戦中の方が国際的な作品が多いなって驚きもありましたね。時代小説がとっていたり(「喪神」五味康祐、52年下期)とか、意外と懐が深いのかな。「赤頭巾ちゃん気をつけて」(庄司薫、69年上期)みたいな口語体のものも取っていますし。北杜夫の「夜と霧の隅で」(60年上期)みたいなナチスドイツものも取っている。選評を読んでもものすごく悪く言うのは意外となくて。センセーショナルなものもキチンと受け止めているなって印象はある。

川口 面白いなって思ったのは菊池さんのベスト20で、「第三の新人」時代がかたまっている印象があって。ここら辺が好きと言うかツボなんですか。

菊池 そうですね。ぼくはその時代が一番深く刺さりました。ちょっと硬派で読みやすく、テーマ的にもほどよく重くて、蒙を啓かれながらズシリとくるものがあります。北杜夫さんとか遠藤周作さんとか好きですね。高度経済成長期の時代性も感じますし、全体を読んでこの時代が一番盛り上がっている気がした。

川口 そうかもしれないですね。社会情勢に引きずられて、戦後の復興に合わせた盛り上がりと、かなりリンクしたのはあったかもしれない。

菊池 川口さんはこの時代は面白いなっていうのはありますか。

川口 直木賞で好きな時代は1980年代。リアルタイムで経験しているのもあるのですが、
70年代の終わり頃からサブカルチャーが出てきて、メインストリームと思われていた文芸が相対的に曲がり角を迎えた時代です。タレントや詩人といった異業種的な人が小説を書くようになって、なんだかよく分からない混沌としたぐちゃぐちゃっとした面白さが全体的にある。受賞作の中にも青島幸男さん(「人間万事塞翁が丙午」、81年上期)、つかこうへいさん(「蒲田行進曲」、81年下期)が入ってきたり。はじめは芥川賞候補だった山田詠美さん(「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」、87年上期)がいたり。今に通じるマスコミの狂乱が始まったのもこのころですよね(笑)。芥川賞も権威だって言われて、ちょっとお高く止まっているようなイメージがあるけれど、意外とそこらへんの混沌を貪欲に取り込んでいる感じはあって、(劇作家の)唐十郎さん(「佐川君からの手紙」、82年下期)とか受賞しています。

菊池 唐さんと、尾辻克彦さん(美術家・赤瀬川原平の作家名、「父が消えた」、80年下期)とか。この時期に新井満さんの小説(「尋ね人の時間」、88年上期)が受賞していますが、これはED(勃起不全)を扱ったものです。EDを取り上げること自体が新しかったのだと思いますが、今読むとちょっと拒否反応が出てしまうかもしれません。

 芥川賞は80年代は「受賞作なし」が多かった時期です。混沌とした面白さになっていくのは、90年代に入ってからだと思います。多和田葉子さん(「犬婿入り」、92年上期)、笙野頼子さん(「タイムスリップ・コンビナート」、94年上期)、平野啓一郎さん(「日蝕」、98年下期)とかいろんな人が出てきている。80年代は新しい文化に影響を受けた人を評価してなかった気がしますね。村上春樹さん、島田雅彦さん、吉本ばななさんも落ちていました。田中康夫さんも落ちていますし、都市文化に対応できなかったのかな。池澤夏樹さん(「スティル・ライフ」、87年下期)は新しいものを書いていたような気がします。通して読むと、すごく流れが分かりますね。どういうものが評価されてきたのか。

(司会・野波健祐「好書好日」編集長)

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