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沖縄のラッパー・切刃に影響を与えた3冊 「一人でもヒップホップをやれるってことを証明したい」

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

 沖縄のヒップホップシーンが注目され始めたのは2015年ごろから。CHICO CARLITOが「UMB」の全国大会で優勝を果たし、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」に出演した。さらに同時期、Chaki Zulu率いるヒップホップクルー・YENTOWNにフィメイルラッパー/シンガーのAwichが加入。また、苛烈な生い立ちを美しいメロディとともにラップする唾奇も登場した。それまで沖縄のヒップホップシーンの代名詞といえば、Rittoを中心にした赤土(AKAZUCHI)クルーのみだったと思われていたが、CHICO、Awich、唾奇をはじめ、さまざまなラッパーたちがしのぎを削って活動していた。今回登場してもらう切刃もその一人。

 「僕がラップを始めたのは2005年。2007年に『UMB』で沖縄代表になったけど、バトルに出るようになったのも、自分の音源を聴いてもらうきっかけや、ライヴに来てもらうためという部分が大きいですね。当時は今ほどインターネットが普及してなくて。最近、ようやく沖縄のヒップホップシーンが注目されるようになったけど、赤土以外にも実はいろんな人たちが活動してたんですよ。ただ、僕も含めて自分の音楽をどうやって本土に届けていいかわからなかった。当時は格安航空券みたいなものもなかったから、県外とのコネクションを作るのも結構難しくて。2000年代後半くらいの沖縄のヒップホップシーンは、みんなそういう感じだったと思います」

表現における価値観が転倒したバイブル「青のフェルマータ」

 「2007年に『UMB』の沖縄代表になったんですが、以降はライヴも含めていろいろうまくいかない時期が続いたんです。村山由佳さんの『青のフェルマータ』を読んだのは2008年くらい。主人公の女の子は、両親の離婚がトラウマになって、言葉が話せなくなってしまいます。イルカと触れ合うことがトラウマの治療になるから、と彼女はオーストラリアに行くんです。そこでさまざまな人たちと出会ったり、イルカと触れ合ううちに徐々に心の傷が癒されていく。そんなお話です。

 僕がこの本を読んだ時、自分のメッセージの伝え方にものすごく悩んでいました。どうやってリリックを書けばわかってもらえるか。どうやってライヴしたらお客さんに伝わるか。そんなことをずっと考えていました。この本の主人公は言葉が話せない。自分の気持ちを伝えることが困難になるシーンもあるんけど、一方で言葉がなくても相手に気持ちを伝えることができたり、むしろ言葉がないおかげで自分の気持ちを大切にできたりするんです。それまでの僕は自分の気持ちを全部歌詞に詰め込もうと思っていました。でもこの本を読んで、そもそも気持ちや感情は必ずしもすべて言葉で言えるものじゃないんだってことに気づいたんです。

 むしろ言葉があることで、自分の本当の感情が見えなくなってしまうこともある。僕は言葉にならない感情もあると思う。言葉は万能じゃないっていうか。この本を読んで、ものすごく表現の仕方が変わりました。歌詞ですべてを言うんじゃなくて、伝えたいことをあえて言わなかったり、ラップする時のフロウで表現してみたり。『青のフェルマータ』は僕のバイブル的な一冊。実は以前自主制作したCD-Rにこの本をテーマにした曲も書いてるんです。作者の人が伝えたかったのはそういうことじゃないのかもしれないけど(笑)」

物事を単純化して安易に答えを出すことが一番危険

 「僕はニュースを見ても、報道されてる内容について疑ってしまうような人間なんです(笑)。『それって本当なの?』とか『違う側面もあるんじゃない?』とか。『イノセント・デイズ』という小説は、まさにそういう内容でした。主人公の女の子は放火殺人をした死刑囚です。メディアは『酷い女だ』とかあることないことでっち上げたりするんだけど、本当の知り合いはまったく正反対の印象を持っている。小説では、彼女を取り巻くさまざまな人たちの視点が描かれます。何が正しいのか、みたいなことを考えさせられる内容でした」

 『イノセント・デイズ』は早見和真のベストセラー。ドラマ化もされた。本書のストーリーを聞いて、まず最初に沖縄の基地問題について思い出した。本土の人の考え。現地の人の感覚。地政学的な問題。何が正しいのかわからない。沖縄で生まれ育った切刃はこのことをどう考えているのだろうか?

 「僕が育ったのは那覇市の波の上というところです。近くに米軍基地がないので、実はそこまで身近に感じてないというのが本当のところです。あの問題は本当に難しい。沖縄の中でもどこで育ったか、両親がどういう考えを持っているのか、それによって捉え方が全然違う。基地周辺で働いてる人たちもたくさんいる一方で、被害を受けた人もいる。だから沖縄のラッパー、というか沖縄人がみんな基地問題について明確な意見を持ってるかと言えば、僕はそうではないと思う。それくらい複雑で答えのない問題。でも本当に大切なのは、安易に答えを出すことではないと思う。そうじゃなくて、みんながいろんな視点から基地問題を見て考えることが大事なんだと思います。報道でもなんでも、偏った見方はとても危険じゃないですか。世の中はそんなに単純じゃない。この『イノセント・デイズ』を読んで、そんなことを感じました」

高校時代に大きな影響を受けたヒップホップコミック

 「僕が学生時代に影響を受けたのが井上三太さんのマンガ『TOKYO TRIBE2』です。読んだのは高校生くらいの時。このマンガでヒップホップの雰囲気を知りました。例えば、テープをラジカセに入れて聴いたりとか。当時はCD全盛期だったけど、『テープで聴くんだ!』みたいなディティールもいちいちカッコよかった。今でこそヒップホップのステレオタイプなイメージは誰でもすぐに頭に浮かぶと思うけど、当時はほとんど情報がなかったんです。2000年代前半は、そもそもニューエラのキャップすら手に入れづらかったんですよ。偽物ばっかり売られてて。あと高校生の頃、上下アディダスのジャージを着ていたら友達にバカにされたりとかしましたね。わかってねーなって思いました(笑)。

 このマンガは異なるスタイルのトライブが入り乱れて抗争する話なんです。SFっぽい荒唐無稽な要素も入ってるけど、実はあちこちにアメリカのヒップホップからサンプリングしたものが隠されてる。当時読んでもすごく面白かったけど、ヒップホップを知ってから読むとさらに楽しい。しかもリスペクト(尊敬)、クルー(仲間)、レペゼン(街の代表)、ビーフ(抗争)みたいな、ヒップホップにおける基本要素もしっかり表現されてる。ディティールだけじゃないところもすごいと思いました。

 この作品ではトライブ間の抗争を描いているけど、僕自身はいつも一人で活動しています。もちろん沖縄のヒップホップシーンに友達はたくさんいるし、その時々でよく遊んだりする友達もいる。でも僕は根本的に集団行動ができない。一時期はヒップホップ的集団行動に憧れた時期もあったけど、やっぱり無理で。ちょっと悩んだりもしたけど、今は基本的に一人で活動しています。もちろん、いろんなことを全部自分でやらなきゃいけないから大変ではある。けど、僕みたいな人っていっぱいいるような気がしてて。ラップは好きだけどヒップホップ的な集団行動ができない、みたいな。ヒップホップって常に更新されていく文化だと思うから、俺は一人でもしっかり活動してヒップホップをやれるってことを証明していきたいと思っています」