辛島デイヴィッドが薦める文庫この新刊!
- 『不時着する流星たち』 小川洋子著 角川文庫 691円
- 『静かな雨』 宮下奈都著 文春文庫 605円
- 『なにかが首のまわりに』 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 河出文庫 1242円
(1)は実在した人物や出来事にインスパイアされた10編からなる短編集。モデルは作家、音楽家、植物学者など。小説の主人公たちは、モデルたちと同様に独自の世界観を持つ者ばかり。裁縫箱で誘拐犯と戦う義理の姉、葬儀で死者を送り出す「お見送り幼児」役を担う姪(めい)、蜘蛛(くも)の巣が宇宙人からの手紙だと言う13人兄弟の末っ子の叔父など。我が道を行く「アーティスト」たちに寄り添う人物たちの語りも魅力的。自身独自の世界観を持つ著者の着眼点と想像力に感服させられる。
(2)は『羊と鋼の森』で調律師の世界を音楽的な文体で描き注目を集めた著者のデビュー中編と短編が収録された一冊。男女の出会いや同居生活における微妙な距離感が絶妙なタッチで描かれる。どちらの作品でも音楽や文学が登場人物たちの救いとなるが、表題作で記憶障害の女性が繰り返し読んでいる小説はおそらく(1)の著者の代表作のひとつでは。
(3)は長編『アメリカーナ』で全米批評家協会賞を受賞し、各種メディアで「オピニオン・リーダー」としても活躍する著者による短編集。結婚を機にアメリカに移住した女性たちからアフリカ人作家を集めたワークショップに参加する若手作家まで、12編の主人公の多くはナイジェリア人女性。異文化が交わる場で孤立する女性たちは、最後まで自分を強く持つ。さまざまな人称や時制が駆使されている本作品集の邦訳は翻訳の授業で使いたい名訳ぞろい。=朝日新聞2019年7月13日掲載