子どもとの遊びから生まれた「あかちゃんえほん」
――「おくちで/ぶう」「ほっぺたに/ぶう」「おててにも/ぶう」「おなかに/ぶぶう」! 赤ちゃんとお母さんの楽しい触れ合いを描いた絵本『ぶう ぶう ぶう』(講談社)。続く『ぎゅう ぎゅう ぎゅう』『こちょこちょさん』『まてまてさん』の「あかちゃんえほん」シリーズは、おーなり由子さんの子育ての思い出から生まれた絵本だ。
「あかちゃんえほん」のシリーズの中で、最初に思いついたのは実は3作目の『こちょこちょさん』。私、メモ帳とペンをベッドの枕元に置いて寝ているんです。漫画家時代から、寝ているときに思いついたこととか、気になったことをメモする習慣があって。夜中に目が覚めたときに暗闇の中で慌てて書くから、字が重なってて判読できないこともあるんですけど(笑)。
『こちょこちょさん』も、子どもとお昼寝して起きたときに、最初の言葉がパッと浮かんで。「くるよ/くるよ/こちょこちょさん」「きた!」っていうところ。忘れないうちに枕元のメモ帳を手に取って、そのままの勢いでテキストを最後まで書きました。『ぶう ぶう ぶう』のアイデアは、赤ちゃんだった息子と遊んだときの記憶から。おなかやほっぺたに口を付けて「ぶうーっ」と音を出すとすごく喜ぶんですよ。私もうれしくなって。そのシーンが描きたい、という思いから始まりました。
「ぶうぶう」や「ぎゅう」っていうフレーズもそうなんですけど、息子が赤ちゃんのとき「クチャッ!」とか「ぴちょん」とか、面白い音を言うと、よく笑ってくれて。赤ちゃんが喜ぶ音をたくさん入れた絵本にしようと思って何本かラフを作っていて、途中で夫(絵本作家のはたこうしろうさん)にちょっと見せたら、知らない間に編集さんのところに送ってしまってたんです。「えー! まだ直すつもりだったのに」って言ったら、すぐに編集さんから返事があったそうで、「もう書くことになったよ」って(笑)。いつの間にか、シリーズとして作ることが決まっていました。
「ことば以外」で触れ合う赤ちゃんとの濃密な時間
――『ぎゅう ぎゅう ぎゅう』では親子でぎゅうっと抱きしめ合い、『こちょこちょさん』ではくすぐりっこ、『まてまてさん』では追いかけっこ……シリーズに登場するのは、ことばではなく全身を使った赤ちゃんとのコミュニケーションだ。
最初は赤ちゃんに絵本って必要なんかな?って、思っていました。赤ちゃんにとって初めて尽くしのこの世界は、すべてが絵本みたいだから。でも、風邪をひいてすごくしんどかったときに「絵本に助けられた!」という経験があったんです。夫は仕事で地方へ行っていて、家には私と赤ちゃんの二人っきり。寝込んでいる私の横で、息子は元気にハイハイして体によじ登ってきたりするんだけど、もうホントに何をする気力もなくて(笑)。
「絵本だったら読めるかも」と思って、寝転んだまま読み始めたら、息子が一生懸命、私の声を聞いているんですよね。じーっと静かに絵本と私を見つめて、楽しそうにしている。あ、赤ちゃんに絵本を読むってこういうことなんだって初めて気付きました。ことばが通じなくても、私の声を聞いているだけで安心してる。絵本を真ん中にして、一緒に話をしているみたいな気持ちになって。ああ、赤ちゃん絵本って、心のやり取りを助ける“道具”なんだ、って思いました。絵本は赤ちゃんが少々乱暴に扱っても壊れないし、舐めたりしても大丈夫。親子をつなぐとってもシンプルな道具だなと思います。
――おーなりさん自身の妊娠・出産から子育ての情景を描いた詩画集『だんだんおかあさんになっていく』では、「あかちゃんえほん」シリーズのテーマにつながるようなこんな詩がある。
てをつかおう
目をつかおう
うたをつかおう
だきしめよう
キスをしよう
ことばより正確だから
あんしんして 『だんだんおかあさんになっていく』より「会話Ⅱ」(PHP研究所)
大人になると常に人から「理由は何か」と聞かれるし、すべてをことばで説明できるような、しないといけないような錯覚をしてしまう。でも、子どもを持つと、そういう理屈やことばが全く通じない世界に引き戻されて、そこで心をやり取りすることになるんですよね。ことばにできない時間、ことばじゃない原始的な感覚、五感や六感をいっぱい使って「ことばじゃない世界」を毎日生きることになって。
小さい子と一緒にいると、元々人間が持っている「ことば以外を使って伝える力」を鍛えなおされるというか、思い出させてもらえる気がします。面白い音に耳を澄ませたり、さわったり、見つめたり、笑い合ったり……赤ちゃんと二人きりの時間は大変なことも多いと思うんですけど、「少しでも楽しい時間を過ごす手助けになったらいいな」という願いを込めて、このシリーズを作りました。
夫婦で話し合いながらその場で絵本を作り上げていく
――ぽちゃぽちゃとしたほっぺたや体、ぶうっとふくらんだ口、柔らかそうな細い髪……赤ちゃんの愛らしさにあふれた絵は、夫のはたこうしろうさんが担当している。
制作中、はたさんは「赤ちゃんをかわいく描くのが難しい!」と、頭を抱えていました。この「おくちで/ぶう」は、何度も描き直してもらったページです。赤ちゃんって、髪の毛も薄いし歯もないし、リアルな絵にすると「おじいさん」みたいになってしまうんです。イメージが違うときは、「もっとかわいくして」とか、いろいろ単刀直入に言っています(笑)。
テキストと絵を2人の作家がそれぞれ作るとき、普通は文がすべて完成したら絵の担当に送ります。そこから文に合ったラフを描いてもらって、それをいったん戻してもらって修正して……みたいに、お互い時間差のある作業になりますね。でも、私たちの場合は、テキストがある程度できたら、はたさんが私の目の前でどんどん絵を入れていく。「ここはこんな感じのほうがいい」と私も簡単な絵やことばで伝えて相談しながら、またすぐに修正。絵を見て、テキストを変えたり、ページを入れ替えたり。夫婦での絵本制作は、その場で出来上がっていくようなライブ感があります。
読んだあと希望が残るような絵本を作りたい
――「子どものころは絵本を読むよりも、外で遊んでいるほうが好きだった」と振り返るおーなりさん。それでも気に入った絵本は何度も読み返し、大好きなシーンや絵は今でも心に焼き付いているという。
小さいころ好きだった絵本は、たまたま親が買って家にあった『シナの五にんきょうだい』(瑞雲舎※)。とらえられた一番上のお兄さんを助けるために、兄弟たちが力を合わせるおはなしです。鋼鉄のように固い首を持っているとか、火にあぶられても大丈夫とか、5人それぞれが特技を持っているという設定で、一番上のお兄さんが海の水を全部飲み干すシーンがとても面白くて。弟と二人でゲラゲラ笑いながら読んでいたのを覚えています。
※おーなりさんが読んだのは福音館書店・いしいももこ訳。現在は絶版
もう1つ、マンロー・リーフが描いた『みんなの世界』(岩波書店)という本も面白かったです。本来は、子どもに社会の仕組みがわかるように説明する真面目な内容の本なんですが、挿し絵がものすごい脱力感なんですよ(笑)。「おらがくん」っていう自分のことしか考えていない男の子が出てくるんですが、「ショウコウネツ」にかかったら、赤い点々が水玉模様みたいに全身に付いていたりする。へんてこな絵が好きで、表紙が破れてボロボロになるまで読んでいました。
絵本は昔から作りたかったんですけど、自分が描きたいのはどんなものかなあ、とずっと思っていて。あるとき、フランスのイラストレーター、ジャン・ジャック・サンペが描いた『マルセランとルネ』(リブロポート)という絵本を読んだときに、「ああ、こういう絵本を私も描きたい」と思ったんです。
マルセランは顔が赤くなる癖があって、それが恥ずかしいっていう男の子。すぐくしゃみが出てしまう男の子がルネ。仲良しだった2人が引っ越しで離ればなれになるんだけど、大人になって偶然に再会して友情が続いていく……というストーリーです。大人になって、お互い変わってしまっていた、って話ではないところにジーンとしました。大げさなんだけど「ああ、人間は、捨てたもんじゃない」と、軽やかに思わせてくれたことが、本当にうれしくて。
現実世界では、うまくいかないことや辛いことが、いっぱいあるんだけど、本当は、幸福も希望も同じ場所にあるんです。だから私は、そちら側の現実を描けたらいいな、と思います。読んだ後にうれしい気持ちになったり、今、生きている世界がいいものに思えるような本を描いていけたら、と思います。