家族の料理を主に担当し始めて、十数年。先日初めて、炊飯に失敗したご飯を食卓に出す羽目となった。
言い訳すると、失敗したのは私ではない。その日、私は仕事があり、「ご飯を炊いておいて」と家族に頼んだ。帰宅して主菜と副菜を作り、すでに保温になっていた炊飯器を開けると、中のご飯は一部がべちゃべちゃ、一部が生米状態……仕方がないので雑炊に仕立ててごまかしたが、納得いかないのは失敗の理由だ。
我が家の炊飯器は、平凡なIH式。押すべきボタンを間違えるほど、複雑なタイプではない。炊飯器をセットした家族に尋ねたところ、内釜の印も確かめたから、米や水の量を間違えたはずはないと言い立てる。
こうなるとにわかに浮上するのは、「炊飯器が壊れた」という推論だ。使い始めて、すでに八年。壊れたとしても納得はゆく。
奇妙なもので「炊飯器が悪いのかも」と仮説を出すと、ささくれていた心が少し穏やかになる。「ちゃんと支度したよ」と言い続けていた家族も、ほっとした表情だ。
ところが翌日。確かめようと炊飯器を動かせば、奴はまるで身の潔白を立てようとでもするかの如(ごと)く絶好調に動き、ぴかぴかつやつやの白飯を炊き上げた。おかしい。こいつが犯人じゃなかったのか。
そうなると家族は再度、「米も水も間違いなく入れた」と主張し始めるし、食べきれず二日目に持ち越した雑炊にも俄然(がぜん)、飽きが来る。どうやら人間とはついつい誰かに責任を押し付け、それによって平穏を得てしまう業の深い存在らしい。
かくして炊飯器の潔白が証され、失敗の理由がまたも不明となった今、我が家には微妙な緊張状態が続いている。食事時、炊飯器の蓋(ふた)を開けるたび、家族の皆がじっと私の手許(てもと)を見詰めている状態だ。
ああ、誰かに責任を問うとは、こんなに家の中の空気を悪くするものなのか。そんな中、一人だけすまし顔を決め込んでいる炊飯器が、私は少しうらやましい。=朝日新聞2019年7月17日掲載
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