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「牡丹社事件 マブイの行方」書評 加害と被害の関係 解きほぐす

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2019年07月20日
牡丹社事件マブイの行方 日本と台湾、それぞれの和解 著者:平野 久美子 出版社:集広舎 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784904213728
発売⽇: 2019/05/20
サイズ: 19cm/326p

牡丹社事件 マブイの行方 日本と台湾、それぞれの和解 [著]平野久美子

 歴史上の加害と被害の関係はどのように和解を目ざすのか、を追った調査報告ノンフィクションである。
 明治4(1871)年に起きた琉球民遭難殺害事件(貢納船の乗組員が遭難、漂着した台湾南部で原住民に54人が殺害され、12人が琉球に帰国)。その後、明治7年に明治政府は西郷従道を責任者として出兵し制圧、清国政府との間で講和の議定書を作成する。
 この一連の出来事は複雑な構図を持っている。原住民は加害者であり、同時に日本軍の侵略を受けた被害者でもある。
 もともと日本軍の出兵は事件の終息から2年も経ているうえに、征韓論を鎮めるために、あるいは不平士族の不満をそらすために計画された節もある。
 この事件に関して、これまでは日本と台湾の解釈は異なっていた。台湾の記念碑(説明板)は「日本侵略を後世に残す」という趣旨で作られている。そのために、遭難者は武器を持って台湾に上陸したかのように語られている。日本の犠牲者の遺族(今では4代目、5代目の児孫になる)は不満を持っていた。ただ、日本ではこの事件はほとんど知られていない。琉球王府が清国や日本を刺激しないよう、事件の全貌にふれまいとする思惑もあった。
 著者は、この忘れられた事件から百数十年を経て、沖縄と台湾の間で謝罪、和解の動きがあることを克明に追う。特に原住民の、パイワン族の口伝を紹介する章は特筆すべきである。
 牡丹社(ぼたんしゃ)事件と呼ばれるこの事件には、当事者が琉球民、クスクス社、牡丹社、客家人、琉球王府、明治政府、清帝国と七つもあり、国籍も文化も歴史も全て異なる。この入り組んだ関係を解きほぐすには、まさに草の根的な歴史の枠組みを必要とする。
 著者は、時にこのつなぎ役も果たしている。加害と被害は水に流すのではなく、相互が史実を共有し、マブイ(霊魂)を慰めることが説かれている。
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 ひらの・くみこ 作家。著書に『淡淡有情』(小学館ノンフィクション大賞)、『トオサンの桜』など。