ことの発端は、またもや釣りであった。まったくもって恐縮なことであるが、ペルーに釣りに行ったのである。世界一の大河、アマゾンの源流域である。俗に、ペルーアマゾン。
エンジン付きのボートで、三日かかってたどりついたのは、元ペルー大統領フジモリ氏の釣り別荘である。周囲は原生林、水はタンニンが入って色がついているが、いわゆるアマゾンからイメージされる泥の色をしていない。クリアで美しい水が流れており、ピンクのイルカやアナコンダもいる。
フジモリ氏、ここへやってくる時は、いつもヘリを利用したという。
別荘は、窓は壊れ、トイレもきちんと機能しておらず、どこからやってきた人がしたのかはわからないが、トイレの蓋(ふた)から調度品から、取りはずせるものはほとんど取り去られており、荒れ放題であった。我々は、別荘の床にテントを張って、寝るときは寝袋であった。我々はここを基地にして、何日間かを釣りまくったのである。
ドラドや、ピーコックバス、釣れなかったが、ピラルクなどをねらって、たっぷり遊ばせていただいたのだが、別荘の前でも釣りをやった。釣った魚の切り身をエサにして、日本古来ののべ竿(ざお)で、浮き釣りである。
これでピラニアががんがん釣れた。
現地ガイドが、
「これ、生で喰(く)えますから」
と言って出してくれたのがピラニアの刺し身であった。
日本を出る時言われたのが、
「オマエ、あっちでは生の魚は絶対に喰うなよ。コワイ寄生虫がいるぞ」
であった。それを十分心得ていたはずなのに、なんと、
「タイよりうまい。背の肉は安全だから。ワサビもあるよ」
ガイドのこのひと言で、ついに、ひと箸、ふた箸と我慢できずに手を出してしまったのである。
サバなどにいるアニサキス、ふだんは内臓にいて、宿主が死ぬと、内臓から身の方へ移動してくる。だから、この移動前に内臓を取り出して刺し身にすれば安全ということになっているのだが、それでもアニサキスの食中毒は身の回りに幾つもある。
日本に帰って、この話をしたら、
「ピラニアにはな、顎口虫(がくこうちゅう)という寄生虫がいて、こいつが身体(からだ)の中に入ったらたいへんだぞ」
この顎口虫、人間の身体の中では成虫になれず、生涯を人間の体内ですごし皮膚のすぐ下を移動する。その時は皮膚がぴくぴく動くのが見えるのだという。すぐに医者に行ってももう移動した後でどこに行ったかわからない。
「発症したら、十年間こいつが死ぬまで心臓に行かないことを祈るんだな」
ひええ。喰わなきゃよかった。=朝日新聞2019年7月20日掲載