豊かな表現でサッカーを実況するアナウンサーの第一人者が、初めて小説を書いた。舞台は大西洋に浮かぶ島々。欧州の強豪クラブ注目の若手選手たちが集まるサッカーリーグで、10代半ばの日本人FWハルが、仲間やライバルチームたちとしのぎを削りながら成長していく。
と書けば現実と結びついた本格的なスポーツドラマのようだが、「スーパーライジング」なる必殺シュートや、高額な報酬で1試合限定の助っ人をする万能選手といった、荒唐無稽な展開があちこちに。スポ魂漫画の影響だ。他にもイタリア映画や特撮、怪奇小説といろんな要素が盛りだくさん。多彩な切り口でフットボール文化を守ろうとするのは、著者のテーマのひとつ。
日本の育成システムは世界につながっていることも伝えたかった。「お父さんお母さんは、子どもの選択肢を広げてあげるのが仕事じゃないかな」。日本の選手を、そして代表を強くしたいと願う。
マフィアによる買収や八百長、相手をケガさせる危険なプレーとサッカーが抱える問題も書き込んだ。普段は優しい語り口のためか、読んだ人には「意外だった」と言われるらしい。「でも『マラドーナの足を折ってやる』と公言して本当に傷つけた男がいたわけです。勝ちたい時に痛い思いをするのは不変です」。とはいえ、自分にない「悪」は、ハードボイルド小説などで研究した。
スポーツは好きでも、するのは苦手な少年だった。本やテレビに夢中になり、アナウンサーとなる。海外サッカーの試合を中継する番組に巡りあい、実況を磨く。日韓W杯ではCS放送で決勝を担当した。
次作は? 「妄想ではいっぱいあるんですけど。いま考えているのは……」。キックオフの笛は、すでに鳴っているようだ。(文・井上秀樹 写真・谷本結利)=朝日新聞2019年7月27日掲載