先日、久々にレンタルビデオ店に入って目を見張ったのは、いわゆる“ヤクザもの”の圧倒的な多さである。反社会勢力に対する視線がこれだけ厳しくなっているのに、相変わらず「暴力と抗争」に惹(ひ)かれる日本人が大勢いるのだ。
本書の帯には、〈巨大企業を恣(ほしいまま)にした「暴力と抗争」〉とある。この本が広く読まれている理由の一端が、垣間見えた気がした。
もっとも主人公は暴力団の組長ではなく、日本最大の公共交通機関・JR東日本の労働組合に君臨し、「JRの妖怪」と恐れられた松崎明という人物である。私は本書を通じて、現代の日本につい最近までバリバリの革命家がおり、大企業の実権を握って、将来の共産主義革命に備えていた事実を詳細に知った。
もはや昔話だが、JRの前身の“国鉄”には、“国労”“動労”“鉄労”の三大組合があった。動労の松崎は、昭和末の国鉄民営化が不可避とみるや、「コペルニクス転換」を遂げる。それまで敵対してきた鉄労に頭を下げ、最大労組の国労を切り崩しにかかるのである。
そこには深謀遠慮があった。JR設立後、国労に取って代わって労組を牛耳り、経営にも参画しようというのだ。作戦は図に当たり、JR東日本の「影の社長」と呼ばれるまでになるが、彼の実践を支えていたのが、徹頭徹尾、新左翼組織“革マル派”の革命理論であったことを知ると、不気味さを禁じえない。
こうした不気味さは、松崎の背後で、総計86人もの死者を出した“内ゲバ”が激化し、腹心が次々に殺傷されていく場面で、いや増す。半面、彼は親分肌で、会った人を魅了する人間味も兼ね備えていた。“尿療法”を信奉する健康オタクでもあったが、組織衰退の失意の中、2010年に74歳で病死する。このずしりと腹にくる「暴力と抗争」の一大クロニクルを読み終えて、私がふと思いを馳(は)せるのは、ミサイルをまたしきりに飛ばすようになった、あの“三代目”の首領(ドン)の姿なのである。
◇
小学館・2160円=5刷1万7千部。4月刊行。著者はジャーナリスト。中高年の男性によく読まれている。「これが平成の時代に起きた出来事かと驚く人が多い」と担当者。=朝日新聞2019年8月3日掲載