山田航が薦める文庫この新刊!
- 『鳥肌が』 穂村弘著 PHP文芸文庫 756円
- 『ヒップホップ・ドリーム』 漢 a.k.a.GAMI著 河出文庫 821円
- 『柳宗悦 美の菩薩(ぼさつ)』 阿満利麿著 ちくま学芸文庫 1080円
(1)は思わず「鳥肌が」立つような恐怖譚(たん)を集めたエッセー集。といっても心霊や怪談は一つもない。常識が根底から揺さぶられた瞬間や、日常がぐんにゃり曲がる瞬間に感じる身近な恐怖心がテーマだ。いつまでも我が子を幼児のように扱う母性愛の怖さ。猫かと思ったら耳の短い種類の兎(うさぎ)だったときの、気付きさえすれば何てことはないけれど気付くまでに感じる激しい恐怖。以前ダウンタウンの松本人志が「すべらない話」のスピンオフでやっていた「ゾッとする話」に近いテイスト。筆致はいたってユーモラス。恐怖と笑いは紙一重なのだ。
(2)はテレビ番組「フリースタイルダンジョン」の初代モンスターも務めたラッパーの自叙伝。北新宿育ちで大都会の暗部にもまれて生き抜いてきたギャングスタ・ラッパーは、ストリートの「リアル」を歌うスタイルを標榜(ひょうぼう)する。ゆえにその表現に噓(うそ)があると感じたラッパーには、ビーフ(論争)を仕掛ける。この姿勢は、期せずして明治期の自然主義文学の方法論とそっくり重なっている。近代以降ずっと、日本語の最前線は「いかに言葉でリアルを語るか」にある。その最前線は今、日本語ラップにある。
(3)は民芸運動の創始者・柳宗悦の美学を、その背景にある宗教学的視点から論じた評論。宗悦は朝鮮陶磁器や木喰上人(もくじきしょうにん)の木彫仏など「平凡な人々」の手から生み出された美の源流を、生涯追い続けた。その末にたどり着いた境地は、ラッパーが表現するストリートの「リアル」とも決して遠い地平ではない。(=朝日新聞2019年8月10日掲載