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「チョンキンマンションのボスは知っている」書評 「ついで」から次々生まれる営み

評者: 武田砂鉄 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月31日
チョンキンマンションのボスは知っている アングラ経済の人類学 著者:小川さやか 出版社:春秋社 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784393333716
発売⽇: 2019/07/24
サイズ: 20cm/273p

チョンキンマンションのボスは知っている [著]小川さやか

 香港に集ったタンザニア人が住む「チョンキンマンション」に在外研究のために住み込み、そこで出会ったボス「カラマ」と行動を共にし、「確たるビジネススキルもない、思いつきのように香港・中国本土の交易に乗り出すアフリカ人」が作り出す、独特の経済を読み解いていく。
 いや、読み解く体系が存在しているわけではない。彼らは「定住者」ではなく、「緩慢な移動者」。組織だったビジネスを展開するわけでもないし、そもそも互いのビジネスに踏み込もうともしない。人には人の事情があるとの前提に立ち、自己責任論を発生させない。助けるべき人間を選別することもしない。彼らの日常的な助け合いは「ついで」で回る。著者はその「ついで」で動かしていく行為を「開かれた互酬性」と呼ぶ。
 天然石や中古車など、扱う商品の無難さと、SNSを駆使した情報共有や複数の送金システムなどの近代的システムがかけ合わさるが、それが抜群に効率よく交わるわけでもない。マンション内には成功者と困窮者が入り混じる。皆が金儲けを考えているが、その間に妬みが芽生えない。だからこそ、助け合える。
 彼らの暮らしには、「何かしら『ゆとり』のようなものが観察される」。「個々の自律性、互いの対等性を阻害しない」ことを守り、「私があなたを助ければ、だれかが私を助けてくれる」という原則が維持される。
 そうはいっても、では、彼らから学びましょう、とはなりにくい。信頼しないからこそ信頼が生まれ、助け合わないからこそ助け合いが生まれる。この矛盾した状態を、雑然とした暮らしの中で磨き上げていく。
 他者を仲間として理解するのではなく、他者のまま配置し、気ままに作用させていく。もつれた状態をほどくのではなく、もつれたまま過ごすチョンキンマンションの社会。全体像が見えない構造の中で無数に生まれる営みが、いい加減なのに、なぜだか力強い。
    ◇
おがわ・さやか 1978年生まれ。立命館大教授(文化人類学)。『都市を生きぬくための狡知』でサントリー学芸賞。