1. HOME
  2. インタビュー
  3. 食いしんぼん
  4. #19 秋を感じる酒「ひやおろし」とベストコンビなカレイの煮つけ  五十嵐雄策さん「ひとり飲みの女神様」

#19 秋を感じる酒「ひやおろし」とベストコンビなカレイの煮つけ  五十嵐雄策さん「ひとり飲みの女神様」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
 かくして蒼く輝く江戸切子に、二杯目のひやおろしが注がれることとなった。なみなみと注がれたひやおろしを内包して、蒼い輝きに少しだけ透明な色合いが混ざっている。ひとしきり照明の下でそれを眺めた後に、そっと口へと運ぶ。「あ……」確かな日本酒の旨みが、口の中に花開くように広がった。 (『ひとり飲みの女神様』より)

 暦の上ではSeptember(セプテンバー)。だけど、蒸し暑い日が続いて、なんだか気分もスッキリしない。そんな時は「おつかれご褒美晩酌」と称し、キンキンに冷えたビールや冷酒でおいしいお酒でカンパーイ♪ といきたいところ。今回ご紹介するお話の主人公・川本月子は、中堅商社に勤める平凡な女性です。そんな月子さんの楽しみは、毎週金曜日にひとりで飲みに行くこと。グルメブログ「ひとり飲みの女神様」を参考に、単身飲み屋へ繰り出します! 庶民的な立ち飲み屋から、銀座の高級寿司店やバーなど、その日の気分によってお店を使い分け、様々なシチュエーションで「ひとり飲み」を堪能します。そんな月子さんの名言(?)は「女子のひとり飲みには、ひとり飲みの女神さまの加護がある」
なのだとか。
 著者の五十嵐雄策さんも大のお酒好き! ということで、今回はシリーズ2作目のメインにもなった日本酒の魅力をたっぷりうかがいました。

五十嵐さんが飲むお酒

——作中に出てくるお店は、どこも五十嵐さんが実際に行かれたところをモデルにしているとのことですが、最近の行きつけはどんなお店ですか?

 最近は東京・中野にある日本酒バーに行くことが多いです。店主と女将さんが日本酒に詳しくて、ざっくりと「こんな感じのお酒が飲みたい」と言うとおすすめを出してくれるんですよ。僕がその時食べているものを見て、それに合うお酒をお店の方が出してくれたり、辛口と甘口を何本か持ってきて説明もしてくれたりするので、大体好みを外さないんです。

——こんな気分の時にはこのお酒を、というチョイスはありますか?

 疲れた時は、今の季節だと「夏酒」がいいですね。夏酒というのは、各酒造から夏の間だけに出るお酒のことなんですが、すっきりした味で、ボトルや瓶も透き通っていてキレイなものが多いんです。まずは冷やの夏酒でさらっとのどを潤して、次は何を飲もうかと考えます。

——7月に発売された2巻目は日本酒をフィーチャーしていますが、やはりご自身が今一番お好きなお酒を選ばれたのでしょうか?

 最初は他のお酒も入れる予定だったんです。でも、書いているうちに日本酒の話が多くなってきたので、いっそのこと日本酒だけにしたほうが作品の統一感が出るかなと思いました。
 僕は東北地方のお酒に好きなものが多くて、特に「写楽」や「飛露喜(ひろき)」が作られている福島県は好きなお酒を造っている酒造が多いです。米どころはお酒が美味しいと言いますが、水がキレイな地域のお酒は、格別に美味しい気がします。でも、関東近郊の酒造で作られているお酒も良いものがあるんですよ。僕は実家が神奈川県なんですけど、市内にある酒造のお酒も好きですし、東京の雑居ビルの中で作られている「江戸開城」というお酒も美味しいので、最近よく飲みます。

——「鳳凰美田」(ほうおうびでん)や、「雨後の月」(うごのつき)など、銘柄も素敵なものが多いですよね。何か印象的な銘柄の日本酒はありますか? 

 2巻の最終話で書いた「花薫光」(かくんこう)は、まさにその名の通りで、パイナップルやリンゴ、ブドウみたいな味がするんですよ。リンゴ酵母を使っている日本酒もあるんですけど、このお酒はそういうものを使っていないのに果物の味がする、不思議なお酒なんです。

——日本酒に合う、五十嵐さんの「ベストおつまみ」を教えてください。

 基本的に魚が好きなので、辛口の日本酒だとお刺身と合わせることが多いです。一巻にも出てきましたが、みやび鯛は白身魚なのに味が濃くてびっくりしました。お店にある時は必ず頼みますね。あとは、この前食べて美味しかったのが、イカのレバーを凍らせてルイベ状にしたものや、「梅水晶(うめすいしょう)」という、サメの軟骨に梅肉などをあえた珍味があるんですが、それにわさびを混ぜる食べ方を常連さんに教えてもらって、最近はそれにハマっています。美味しいおつまみは、お店の常連さんに教えてもらうことも多いです。

——第一話では、ビールでのどを潤した後の2杯目に月子さんが注文したのは、秋を感じる頃に出回るお酒「ひやおろし」です。お酒にも飲み頃の季節があるとは知らなかったのですが「ひやおろし」を一言で例えるなら、どんなお酒でしょうか?

 「季節を感じるお酒」ですかね。初秋になると、その年の「ひやおろし」をお店で見かけるようになるので「もう夏も終わったな」と感じます。「ひやおろし」は、一度火入れした後、一年寝かせて出荷するので、新酒から時間がたって、味がしっかりしてきているお酒なんです。みずみずしさは多少影を潜めていますが、一年たった分だけ味は美味しくなっているんです。作中で月子は「ひやおろし」と共に注文した「カレイの煮つけ」との組み合わせを「お互いを引き立てあう関係」と例えています。カレイも種類によりますが、ちょうど「ひやおろし」が出てくる頃が産卵前で、身が厚くなっていて、美味しい時季なんですよね。秋を感じる頃に味わえる、ベストな組み合わせです。

——お酒を美味しく味わうためには、そのお酒に合った酒器を選ぶことも重要かと思いますが、何かご自身のこだわりはありますか? 

 江戸切子は元々好きだったので、本作で書いた青色のほかに、琥珀色の切子も持っています。あとは、以前群馬県の草津に行ったとき、湯畑をイメージしたような緑色の酒器を買ったので、時々使っています。日本酒は基本的に透明なので、お酒を注ぐと切子がキラキラと輝いて、とてもきれいなんです。僕のよく行くお店の一軒は、毎回そのお酒のイメージに合わせた色の江戸切子で出してくれるんですよ。

——それは面白いですね!

 同じ色の切子は絶対に続けて出さないので、次にどんな色が出てくるのか、見ているだけでも楽しいです。先日飲みに行ったときは「長瀞」というお酒を、緑色の江戸切子に注いでくれました。長瀞渓谷の川底みたいで、風流でしたね。

——五十嵐さんが「お酒の神様」のご加護を受けたと感じた経験はありますか?

 僕は一人でお店に行くと、ひとり飲みしているお客さんに話しかけられることが多いんです。以前、一人で来ていた隣の方が話しかけてくださって「どうしてこの店に来たんですか?」という話になり「本に出ていたんです」と言うので、タイトルを聞いたら『ひとり飲みの女神様』だったんですよ! そんな嘘みたいな本当の話があって、びっくりしました。嬉しくて、すぐに「その本を書いたのは自分です」と言ってしまいました(笑)。これも、お酒がつないでくれたご縁だと思っています。