1998年の歌手再デビュー以来、ギャルたちのカリスマとしてJポップ界に君臨した浜崎あゆみ。その彼女にノンフィクション・ライターの小松成美が取材、浜崎主体の小説を仕立てあげた。綴(つづ)られたのは、20代初めまでの彼女。ハードロック好きの少女が、エイベックスのプロデューサー松浦勝人(まさと)に原石の魅力を見出(みいだ)され、ニューヨークでの3カ月のボイス・トレーニングののち強力な売り込みをかけられ、歌姫の座へ昇りつめてゆく。彼女を支えた松浦(M)との熱愛関係も暴露される。とうぜん下世話な興味を呼び、本書は売れた。
浜崎と松浦の相愛成立は、歌手とプロデューサー間の特殊性はあるが、物語としては陳腐といえる。「大丈夫、俺を信じろ」という強弁に、孤独な少女がただ従ったとみえるためだ。本書の音楽性はどうか。舌足らずで喋(しゃべ)る浜崎の普段の印象から、その自作歌詞についてもゴーストライター関与説が当時囁(ささや)かれたが、歌詞がすべて彼女からMへの「ラブレター」だったと本書は告げる。それで実人生との符合を与え、ゴーストライター説を一蹴したのだ。
孤独と寂寥(せきりょう)を記すポエムにも通じる歌詞。少女たちが「自分たちの心情を歌っている」と熱狂する普遍性が一方でそこにあった。大ヒット曲「Boys & Girls」や「SEASONS」の曖昧(あいまい)語法はそんな広がりを意図している。それらの作品までMとの物語的な事実にのみ還元することは、浜崎の才能の矮小(わいしょう)化を招くが、それでいいのだろうか。
感涙を目論(もくろ)んだ筆致で小松の小説は終わる。そのあと浜崎自身の短いが複雑な文章が横書きで挟まれる。胸のすくような感慨がついに起こる。本作での「リアル」「ファンタジー」の「答え合わせ」に、モデルとなった自分自身は口出ししないと突き放しているのだ。かっこいい。浜崎=あゆのあの挑戦的な瞳がこの最後の一頁(ページ)にこそ光っていると思った。
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幻冬舎・1512円=4刷14万部。7月刊行。担当者は、「スター誕生の裏にあった悲しい恋愛に普遍性があるからではないか」。=朝日新聞2019年9月7日掲載