――CMディレクターとして活動していた箱田監督が今回、映画を撮ることにしたのはなぜですか?
箱田:映画に限らず、小説でも漫画でも、日常生活に潜む悲劇や喜劇に光を当てた作品が好きなんです。ただ、そうした物語を劇場で見たいと思っても、あまりに少なかった。だったら、自分で作るしかないと思ったんです。映画作ったことなかったけど(笑)。
地元や家族への複雑な思いを抱えたまま、気付いたら大人になっていたという主人公の砂田は、私自身にかなり近いキャラクターです。舞台となった茨城も私の地元。自分がずっと抱いてきた、いわゆるハッピーハッピーした感じではない地元や家族への感情とか、大人と子供の間で揺らいでいる感じをずっと描きたいと思っていました。そんな時に、TSUTAYAのコンペ(TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016)があることを知り、本屋さんに走って「脚本の書き方」みたいな本を買いました。だって、脚本が縦書きなのか、横書きなのかも分からなかったですから。その本を片手に、短期間で一気に脚本を書きました。
――そうして書いた脚本が審査員特別賞を受賞し、映画化されることになりました。脚本を読んで、夏帆さんとウンギョンさんはどんなことを感じましたか?
夏帆:去年、初めて脚本をもらって読んだ時、当時の自分にすごくピッタリきました。この物語って時間の話でもあるんですよね。時が過ぎていくことへの喪失感。自分も親も年をとって、ふと気付くと子供の頃とは変わってしまった自分がいる。振り返ると、「昔はもっと伸びやかだったな」「今はどうなんだろう」とか考えちゃって、過去の自分にとらわれていたり、今の自分を認められなかったり。映画の中で、砂田が「私を好きって人、あんまり好きじゃない」って言うんですけど、そういうことを私も思っていた時期がありました(笑)。そんな痛々しさも含めて、砂田が抱えている悩みがどれも自分の中にあるものだと気付いて。だからこそ、自分を全部さらけ出すつもりで撮影に臨もうと思ったんです。
シム:私は最初に読んだ時、正反対の2人の男が不思議な共同生活を送るハリウッド映画「ファイト・クラブ」を思い出しました。砂田と清浦の関係性が女性版「ファイト・クラブ」だなって。私は今25歳で、まだまだ若い年齢なんですが、いつの間にか大人になっていて、「今、ちゃんと生きているかな」「やるべきことをやれているかな」と悩むこともあります。映画の中の砂田からもそんな悩みとか寂しさが伝わってきて、そうした今を生きている大人たちの寂しい心を、温かく見守ってくれているような物語だと感じました。
――監督自身を投影した役柄でもある砂田を演じた夏帆さんとは、撮影にあたってどんなお話をしていましたか?
箱田:夏帆ちゃんは私の実家に来たよね。
夏帆:ずっと箱田さんの実家に行きたいって思っていたんですが、スタッフさんから「明日ロケハンで行くよ」って聞いて、即決しました。「スケジュール空いてます。行きます」って。
箱田:久しぶりに会う両親とうまく会話ができなかったり、東京で見せている自分と地元で見せている自分が違ったりって、あるじゃないですか。「実家だと意外に声小さいな」とか。そういう細かいやりとりを夏帆ちゃんにずっと見られていましたね。恥ずかしい、恥ずかしいって思いながら(笑)。
夏帆:にやにやしながら見ていました。
箱田:砂田は限りなく私に近い人物だけど、そこに「シンクロしましょう」と言って、全力で並走してくれた夏帆ちゃんには感服です。だからといって、完全に私をなぞった作品になっても面白くない。エンタメ作品として成立させるためには、役からはみ出る人間力とか生命力っていうのが必要で、そういった意味でも夏帆ちゃんにお願いして良かったと思います。
――ウンギョンさんが演じた清浦は、自由で愛嬌(あいきょう)たっぷりだけど、どこか切なさを感じるような役柄です。
シム:アラジンのジーニーや「アナ雪」のオラフのような、ディズニーのキャラクターに似ているなって感じました。どこから来たのか分からないんだけど、いつも主人公の隣にいて、笑わせてくれる。でも、ただ楽しいだけじゃなく、いろんな魅力を持った独特の役なので、撮影前に監督とたくさん話して、アドリブも交えながら演じました。
箱田:砂田は、家族とか地元とか、すごく個人的なことで揺れている役。それも、本当に小さな振り幅で。清浦を演じたウンギョンちゃんには、「出来るだけ砂田を揺さぶって欲しい。追い詰めてくれ!」って話をしていました。
シム:監督と2人でヒソヒソ話しながら。「こんな風にやろうと思うんですけど」って。
箱田:「やっちゃえ! やっちゃえ!」みたいな。
夏帆:基本的に砂田は受けの芝居が多かったですね。砂田を取り巻く人たちがいろんな変化球を投げてくるのを、ひたすら体で受けていくみたいな感じで。新鮮で楽しかったです。
――夏帆さんとウンギョンさんは初共演ですよね。とても仲が良さそうに見えます。
夏帆:撮影前から2人でご飯食べに行ったよね。ウンギョンちゃんが日本に来ていたので、恵比寿のカフェでランチして、この作品の話だけじゃなく、好きな音楽とか映画とか、本当に普通の会話を(笑)。
箱田:ニューヨークでも2人で会っていたよね?
シム:去年、たまたまお互いプライベートで同じ時期にニューヨークに行っていたんです。時間が合ったので、おしゃれなカフェでお茶しました。
夏帆:今回、映画の撮影日数が11日とすごく短くて。もちろん現場に入ってからも色々考えますけど、あんまり悩んでいる時間はないなって。だから箱田さんと飲みに行って話したり、リハーサルの時間をもらったり、撮影前にしっかり準備をして臨みました。
――映画を監督自らが描き下ろして、コミカライズされていますよね。
箱田:出版社の方から「コミカライズするよ」って言われて、無邪気に喜んでいたら、「描くのは監督だから」って。随分なムチャ振りですよ。映画も作ったことなけりゃ、漫画も描いたことないのに。映像の仕事で絵コンテを描くことはあるんですが、半狂乱になりながら初めて描いた作品がこちらになります(笑)。
夏帆:物語自体がすごく漫画的というか、ノベライズではなく、コミカライズの方がしっくりきます。映画から離れて、漫画で読むことで、純粋に「この物語、好きだな」って思うし、「こうやって演じれば良かったんだ」と気付く部分もありました。
シム:映画とシンクロする部分と違う部分がありますね。漫画では砂田と清浦の心理描写とか旅の様子がより繊細に描かれているように感じます。
――普段から漫画はよく読みますか?
夏帆:すごく読みます。よく箱田さんと漫画の話をするんですが、最近では田島列島さんの作品が好きです。箱田さんも好きですよね?
箱田:『子供はわかってあげない』も好きだし、今連載中の『水は海に向かって流れる』も楽しみにしています。まず、言葉のセンスが良いんですよ。今までにない感じ。ギャグでもシリアスでもなく、軽やかなんだけど重い感じがあって、私が好きなテイストなんです。なかなか漫画の趣味が合う人っていないから、夏帆ちゃんとは漫画の話が出来てうれしいですね。
シム:私は昔から韓国語に翻訳された日本の漫画をたくさん読んでいました。あと最近では、勉強のために『星の王子さま』の日本語バージョンを買って、読みました。子供のころから好きな作品で時々読み返すんですけど、大人の心にも響く言葉がたくさん詰まっています。監督とも今回の映画の話をしている時、『星の王子さま』の話が出ましたよね?
箱田:清浦が着る衣装について悩んでいた時、ウンギョンちゃんが『星の王子さま』の写真を送ってきてくれて。「はいはい、こういうことね」ってピンときました。清浦の衣装って、基本白いつなぎ1着なんですけど、『星の王子さま』もある意味つなぎ(笑)。でも結局それが一番イメージに合っていたので、決めました。そうやって、想像もしていないところから繫がるのって面白いですよね。