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未知の味との出会い 柴崎友香

 初めて東京に遊びに行ったのは、大学卒業間際の三月だった。

 新幹線から富士山を見るのも初めてだったし、多摩川を越えると高低差の激しい住宅地が一望できて、「地面が波打ってる!」と感動した。東京駅から乗り換えたJR中央線は、大阪環状線と同じオレンジ色の四角い列車で、ちょっと安心した。

 友人の部屋に泊めてもらい、近所のスーパーに買い出しに行って驚いた。食パンが、薄い。並んでいるのは、八枚切りと六枚切りばかりで、五枚切りが売っていない。サンドイッチ用じゃない八枚切りなんて、大阪では見たことがなかった。

 朝がパン食の割合は関西が断トツに高いそうだ。わたしの記憶では、関西でも昔は六枚切りが主流で、だんだん五枚切り勢力がメインになった。関東でも、最近は五枚切りも売っているが、数が少なく遅い時間だと売り切れていて、生活時間が遅めのわたしはなかなか出会えない。

 二か月前に引っ越した先のスーパーは、五枚切りが多め。久しぶりに食べたらやっぱり自分の求めている厚さはこれや! とうれしくて、食パンの厚さの差についてツイートしたら、長らく気になっていた「八枚切りの謎」が解けた。一食で一枚食べるのか二枚食べるのか問題である。岩手出身の友人が、基本は二枚、軽めにしたいときは一枚、と教えてくれた。ちなみに、岩手は十枚切りが主流だそうだ。

 トーストは断然厚切りとの信念をずっと持っていたが、イギリスのホテルでトーストを頼んだら十枚切りくらいの厚さで、たいへんおいしかった。三角に切って、カードスタンドみたいな専用の台に立ててある。湿気が溜(た)まらず、かりっとしていて、バターやジャムを塗るだけでこれが本来のトーストかと驚く味だった(食事の評判が芳しくないイギリスですが、乳製品はとてもおいしい)。

 あのトースト立てがあれば、薄トーストも味わえるのだが、日本では気軽に買えるのはないようだ。今度イギリスに行ければ、絶対買う。=朝日新聞2019年9月18日掲載