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「シリア 震える橋を渡って」書評 極限の同胞を「手助けしたい」

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月21日
シリア震える橋を渡って 人々は語る 著者:安田菜津紀 出版社:岩波書店 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784000613576
発売⽇: 2019/08/24
サイズ: 20cm/236p

シリア 震える橋を渡って 人々は語る [著]ウェンディ・パールマン

 歴史とは何か。それは、この地球に生を受けた全ての人々の生き様の累積である。ナポレオンのような有名な人の記録は残りやすいが、市井の人々の記録は残りにくい。しかし両者に差異があるわけではない。特に、極限状態に生きる人々の生の声を聴くことほど、多くの気づきを得られる方法は他にはない。本書は世界で最も危険な国の一つ、シリアの市井に生きる人々の肉声を集めたものだ。
 はじめに長い序文が置かれ、1970年から現在に至るシリアの歩み、40年に及ぶ独裁政権から革命の始まり、内戦から難民発生に至るまでが、段階に分けて語られる。そしてその段階ごとに、著者が集めた生きた声が届けられる。読者はシリア革命の大きな流れをふまえた上で、シリア人の赤裸々な声をきくことができるのだ。
 「神と、シリアと、そして自由、他に何もいらない!」。ある少女の声に象徴される革命の芽生えの高揚。しかし、政権側の苛酷な弾圧は凄惨を極めた。連行された人々が次々と消えていく。返ってきた遺体は損傷がひどすぎて誰か判別できない。死体の埋葬を担当していた男性は生きている女性に気づくが「その女も穴に放り込め、さもなくば代わりにお前を放り込むぞ」と言われて彼女を穴に押し込める。ある人はやむを得ず武装し、ある人は祖国を捨てる。10人乗りのゴムボートに40人が乗って。
 シリアでは50万人以上の命が失われ、人口の半数が国外へ避難せざるを得なくなり、数十万人が国内で行方不明になっているという。デモを組織した22人のうち生きているのはたったの3人。シリアの内戦に無関心でいる人は、本当にこのような世界を許容できるのだろうか。人々がイスラム国などに加わって過激になるのは「無益な現実を正当化できる物語が必要なんだ」と、20代男性は語る。それでもなお「人々の描く夢の実現を手助けしたい」と男性は続けるのだった。
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Wendy Pearlman 米ノースウェスタン大教授(中東専門の政治学)。アラブ諸国で20年以上調査研究。