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「教育と政治」を読み解く あきらめと経済至上主義が現状肯定を生み出していないか(本田由紀・東京大学教授)

お笑い芸人とシミュレーションゲームで選挙を学ぶ生徒たち

 ツイッターに「私の通う高校では前回の参院選の際も昼食の時間に政治の話をしていたりしていたのできちんと自分で考えて投票してくれると信じています。もちろん今の政権の問題はたくさん話しました」と書いた投稿者(おそらく高校生)がいた。それに対して柴山昌彦前文部科学相は「こうした行為は適切でしょうか?」とツイートした。言うまでもなく、18歳から選挙権をもつようになった現在、高校生が昼食時間に政治について話しあったりすることは、きわめて適切だ。それに口を挟んだ側のほうが、主権者とは何かについて全く理解していないのである。

 教育行政のトップがこの体たらくである日本で、先の高校生のような若者はむしろ希少だろう。事実、7月の参院選でも投票率は全体では49%だが(これも低すぎるが)、18歳は35%、19歳は28%にすぎない。若者の中で「政治」への関心は霞(かす)んでいるように見える。

 また、参院選直後の朝日新聞の世論調査によれば、内閣支持率は男性で29歳以下55%、30代57%、40代・50代45%、60代41%、70歳以上40%(女性は70歳以上を除きすべて30%台)と、男性の30代以下で高い。

矛盾する意識

 投票には行かず政権は支持するという傾向が、なぜ若年男性にはみられるのか。吉川徹・狭間諒多朗編『分断社会と若者の今』第3章では、2015年時点の調査データを用いて若年層が自民党を支持する要因を分析し、「社会的地位は家庭や親で決まる」という意識、経済成長や競争を重視する意識が背後にあると結論している。一見矛盾する、あきらめと経済至上主義が、若者(特に男性)の現状肯定を生み出していることがうかがわれる。

 しかしその後、アベノミクスは実質賃金の上昇をもたらしていないこともすでに明らかになっている。とりあえず長いものに巻かれていれば生活が苦しくなくなるわけではない。内政も外交もぐだぐだな国を、目をつぶって肯定し続けることほど愚かなことはない。

「愛国」とは何か

 将基面(しょうぎめん)貴巳『日本国民のための愛国の教科書』は、ただしい「愛国」とは、偏狭な〈ナショナリズム的パトリオティズム〉ではなく、〈共和主義的パトリオティズム〉だと説く。それは、現実の政治の長所も短所も直視し、国がうまくいっていないときにはそれを批判し事態の改善を図ろうとすることだ。日本の若者の政治への関心を喚起するためには、こうした「教科書」が、教育現場で基本教材として使われることが、まずは必要だろう。

 しかしそれでもまだ足りない。川崎一彦ほか『みんなの教育 スウェーデンの「人を育てる」国家戦略』第4章が伝えるように、学校のすべての授業が民主的方法で行われ、生徒たちが社会の土台となる権利と影響を行使するとともにその責任を取る力を育めるようにすることが理想である。ルールも生徒たちが決める。選挙権を手にする前から「学校選挙」で実際の政党に投票する。そのために政治家とも対話する。結果も公開する。「日本ではありえない!」と肩をすくめるのではなく、不合理な細かすぎる指導や校則が蔓延(まんえん)している日本の学校のほうが、異常ではないかと考えてみるべきだ。

 しかしそれでもまだ足りない。政治家が市民の政治的議論に介入することに留(とど)まらず、家庭でも、職場でも、友人間でも、力をもつ者が他方に屈従を強いるような関係が広がっている。明確な自分の意見をもつことさえためらいがちな若者を嘆くのではなく、日々の生活の中にはびこる忌むべき根を除くことこそが急務である。=朝日新聞2019年9月21日掲載