「生きる喜び」つづらせた闇
文学や芸術への向き合い方は、自由で楽しいのがいい。そう思ったのは、「かわいいウルフ」というユニークな文芸同人誌を知ったからだ。
「ウルフ」とは、20世紀前半に活躍したイギリスの作家ヴァージニア・ウルフのこと。ウルフを愛してやまない小澤みゆき氏という方が編纂(へんさん)したのが、この雑誌だ。
登場人物の意識の流れを描写する独特の文体のせいか、難解と言われもするウルフだが、その作品に小澤氏が感じるのは、むしろ人間味のある茶目っ気やユーモアであり、その感覚を全体として表現するのが、「かわいい」という形容詞なのだ。
「かわいい」という切り口も斬新だが、個々の作品を読み解く際に、漫画を活用したり、コンピューターによる語彙(ごい)解析を行ったり、さらには作品に出てくる料理を実際に作ってルポしたりと、アプローチの仕方が自由で喜びに満ちている。
エルメスというブランドが9月限定で放送しているインターネットラジオの番組で、小澤氏から話を伺う機会を得たが、ウルフを一人でも多くの人に読んでもらおうと、この雑誌の制作を思い立ったとのこと。
かくして21世紀の日本に熱烈な読者を得ているウルフであるが、彼女に強い印象を刻まれた作家は多い。
あの傑作『百年の孤独』(鼓直訳、新潮社)を書いたコロンビアのノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスもその一人だ。
彼の自伝『生きて、語り伝える』(旦敬介訳、新潮社)には、この大作家の修業時代が描き出されるが、カリブ海沿岸の都市バランキーヤで、若きガルシア=マルケスが読書家の友人から、「全文暗記するぐらいになる」と手渡されるのが、ウルフの『ダロウェイ夫人』なのだ。
友人の予言どおり、相当の衝撃を受けたのは間違いない。ガルシア=マルケスはジャーナリストとしてキャリアを開始するが、バランキーヤの地元紙にコラムが最初に掲載された際、彼が筆名として選んだのは、『ダロウェイ夫人』に出てくる、戦争神経症による錯乱から自殺するセプティマスという人物に由来する「セプティムス」だったからだ。
ガルシア=マルケスというと、アメリカ南部を舞台に壮大な物語世界を創出したノーベル賞作家フォークナーの影響がよく語られるが、『族長の秋』(鼓直訳、集英社文庫)の散文詩を思わせる濃密で音楽的な文体には、若き日に読んだウルフ作品のこだまが響いているのかもしれない。
『ダロウェイ夫人』(土屋政雄訳、光文社古典新訳文庫)は、第一次世界大戦が終わったばかりの6月のある1日を描いたものだ。主人公のクラリッサ・ダロウェイがパーティーの準備のために、ロンドンの街に買い物に出かけるところから始まる。
クラリッサは、日常のなにげない出来事に生きることの喜びを見出(みいだ)す。彼女自身が充溢(じゅういつ)する生命力に光り輝くさまが感動的だ。
『ダロウェイ夫人』の設定を、20世紀後半のニューヨークに移して書かれたのが、1999年にピュリッツアー賞を受賞した、マイケル・カニンガムの『めぐりあう時間たち』(高橋和久訳、集英社)だ。ダロウェイ夫人と同名の、ニューヨーク在住の編集者クラリッサに加えて、『ダロウェイ夫人』を執筆するウルフ、そして第二次世界大戦直後のアメリカ西海岸で『ダロウェイ夫人』を読むローラという3人の女性の物語=時間が交錯する。
夫と幼い息子と円満な家庭生活を送っているように見えるローラが、不意に襲われる何もかも投げ出したいという衝動には、どこか死への傾斜が感じられる。
生(クラリッサ)と死(セプティマス)が拮抗(きっこう)する『ダロウェイ夫人』は、ローラを生の側に引き留める。
しかしウルフ自身は神経衰弱に苦しめられ、59歳で入水する。
幼少時に兄に性的虐待を受けたとも言われ、結婚後に同性愛も経験する。イギリス社会の男性中心主義を批判し、女性の経済的自立の重要性を説く講演『自分ひとりの部屋』(片山亜紀訳、平凡社ライブラリー)は、フェミニズム運動の先駆的作品として評価されている。
ウルフが精魂を傾けて書いた散文を読みながら、不安にならないでもない。作品から伝わってくるこの至福を支えているのは、書き手の底知れぬほど深い闇ではないのか。そんなことをぼんやりと考えながら、ウルフの『ある作家の日記』(神谷美恵子訳、みすず書房)をめくる。=朝日新聞2019年9月25日掲載