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滝沢カレンの「みだれ髪」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

これは遥か昔のムクッと温かい、情熱溢れる物語です。

時代は昔々の○○時代と呼ばれてしまうほどの昔だ。
春の木漏れ日が掬うように障子から突き刺さり、桜の花がペタペタと地面にお化粧するかのように散り下がる。
春も春でいいとこだ。
ピンクから茶系に差し掛かる桜は早く存在自体をチリトリにされてしまいたいようにはじに集まる。

ガラ、ガラガラガラ。
なんだか油の効かない横扉が無理やり嫌な音を出すように、開く。

パカパカ。
下駄が石に食い込みそうになりながら、足音を街に響かせる。

街は数人の、桜も聞き捨てならない世間話をコソコソする主婦たち、小さな坊ちゃんがどこからともなく手にした三輪車を転がしたりと自由気ままに流れていた。
そんな空気を変えるように下駄女が顔を街にだす。
街人の目線がその下駄女にあつまる。

そこには髪の毛がこんがらにもこんがり合う、絡まりボサボサ頭の女が出てきた。
ザワッと一瞬空気を変化させると、また何ごともなかったかのようなその時間が戻る。

下駄女の名前は「晶子」。
この街ではちょっとした、名物女だ。

晶子は何十年もの間同じ家に住んでおり、家族関係、年齢、職業は誰からも謎にされており、ただただ髪の毛がこんがらがる女としてちょっとした下手なお化け扱いだった。
誰も近寄らない、二階建てだが、なんとも人形の家のように小さく古びておりやる気のない桜の木が敷地内には一本育っていた。

こんがり頭の晶子はそーっと街にでると首を曲げれるまで曲げ、あまり人目を気にしないようにと歩いた。
5、6日に一回しか家から出ない晶子は、久しぶりの外出だった。
久しぶりの登場に街にいた数人が目を集中させるが、慣れたご近所さんたちは3秒後にはまるで晶子なんかいなかったように時間さえもが晶子を無視するようだった。

晶子は慣れていた上にご近所づきあいに力をいれたいと思ったこともなく、別になんだってよかった。自分の容姿がどうであれ。
からみ合う髪の毛が重さを発し、くたびれた着物は色味を失い、女性としては見れない風景だった。
そんな果てしなく錆れきった晶子の生活だった。

とある日曜日。
晶子は久しぶりの外出だった。
相変わらずの髪の毛は長いためただひたすらこんがらがっていた。

その日は珍しく、街には誰も出ていなかった。
晶子はなんだか安心した。
いつもより下駄音は軽い。

すると、目の前から自分に似たような灰色混じりなオーラを放ち歩いてくる人がいた。
「こんな場所に鏡なんてあったかしら」
晶子はボソっと呟く。

そう、自分が写っているかと勘違いするほどな風景だった。
だが、だんだんとその姿は近づく。
晶子は重いこんがり頭を上げて目を細めてその人を見ようとした。

晶子が人に興味を示したことはあっただろうか。
と思うほど見たことのない晶子だった。

その人との距離が20m、10m、5mと近づく。
晶子は目を見開きこんがり頭の間からしっかりとその人を見た。

「!!!」

ビビーン。

何かが全身に水が入ったかのように潤いが走った。
なんと、晶子の横を通りすがったのは、晶子を分身にしたような似てたまらない男の姿であった。

薄茶色でよれた上に力なく縦縞が入った、着物に鳥小屋風味のぐしゃぐしゃ頭、メガネのレンズは指紋だらけの役立たずだ。
だが、顔は悪くない男だと一瞬で読み取れた晶子だった。
そしてその男も、自分に似たしかも女を目にして一瞬だが目をまん丸にしていた。

「そんな指紋だらけのメガネで何か見えたのかしら、ふふっ」
晶子はまた独り言をブスっと呟き気にはなったが振り返ることなく街を進んだ。

次の日も、また次の日も、晶子はまた家から出ることはなかった。

そしてまた6日後の土曜日の夕下がりだった。
晶子は外出した。

するとなんということだろう。
あの6日前に見かけた鳥小屋頭の男に出くわした。
どうやら晶子の近所に引っ越して来たようだ。

鳥小屋頭の男は晶子の隣の隣の家から出てきた。
進む方向が一緒だったためなんだか晶子が付けてるような、不信でたまらない光景だった。

晶子は鳥小屋頭の男が出てきた家で足を止めて、横目でなんとなく観察した。
標識には薄い消えそうな文字で、「常田」と書かれてあった。

「ツネダ・・・・・・。なんて収まりの悪い名字だこと」と晶子は呟いた。
年齢も職業もしらない鳥小屋頭の男に晶子は次第に引き込まれていった。
まだ恋だと知らずに・・・・・・

絵:岡田千晶

晶子は鳥小屋頭の男に会いたくてたまらない気持ちが徐々に強まる気持ちに、複雑な対応しかできなかった。

話してみたい、声を聞きたい、顔がみたい、名前が聞きたい。

そんな気持ちは初めてであった。

そんな気持ちから、晶子は5、6日に一度しか外出しなかったが、2、3日に一度は街に出るようになった。
鳥小屋頭の男には週に3回くらい見かけれるようにはなった。
晶子はその度に増えていく気持ちを止められずに、その日は急いで家に帰った。

急いで帰ると、ぐちゃぐちゃに荒れた机から宝探しのように、手にペンをとり、紙を手にした。
そして自分の思いを紙に書いた。
無我夢中で書き上げた手紙は新鮮さを超えて、言葉が発したような手紙だった。

そして緊張しながらも、こんがらがった髪の毛をかかえながら、晶子は鳥小屋頭の男の家のポストにガザッと手紙をいれると急いで家に戻った。
晶子の心臓からは爆音が他から流れていても、聞こえるほど心臓が間に合っていない自分を感じた。

数日後・・・・・・

また晶子は外出した。
見た目を一瞬も気にしていない晶子は相変わらずな風貌だった。

外では雨が降ってきた。
晶子は渋々雨に濡れると余計に厄介になる髪の毛を気にして家に戻る。

すると、「あの!」。

ザバザバと勢いよく降る雨で聞き逃すような声だったが晶子は身体が勝手に反応した。
道端なんかで人と話したことはもちろんなかったし、話しかけられることはもっとなかったのだ。

ゆっくり振り返ると、相変わらずな鳥小屋頭を保つ晶子が気になるあの男が立っていた。
雨で鳥小屋頭は空間が潰れ気味で水によって余計に黒髮が光りまるで岩のりを頭に乗せてるような姿がそこにあった。

(きっと私もいまこんな姿なのだろう)
晶子はそう思いながら、男を見ていた。

「はい」と冷静に返事をすると、「お手紙・・・・・・ステキなお手紙ありがとうございました。あなただということはすぐに分かりました」。
「え? なぜ、わかったのですか?」
男からの直球パンチを受けたような恥ずかしさが止まらなかった。

「なんだか情熱的な文でしたし、そこには上質とは間違っても言えない髪の毛が数本入ってましたから」
晶子はドキっとした。
まさか自分の情熱さで頭をかきむしりながらラブレターを書いたことなんて死んでも言えなかった。

「申し訳ありませんでした。あんな不躾なお手紙を。ただ気持ちが・・・・・・収まらなくて」
晶子は素直な気持ちを次々と吐き出した。

「う、うれしかったです。あなたともっと話しがしたい」
「え、さようですか? 私も貴方とお話がしたいです」

二人は急な雨の日の会話から、急遽距離を詰めるようになった。
鳥小屋頭の男は、やはりツネダという男だった。

ツネダ ヤスシロウ。

これが男の名前だったが、名前以外をヅカヅカ聞くことは恐れ多く、晶子の最大限の質問だった。
まぁ、いつか仲良くなったら聞こう、そんなつもりでいた。

出歩かない、晶子同様、ツネダもめったに出歩かない冴えない男だった。
二人は週に2、3回ボサッと出てきては、歩き慣れた足が自慢の二人だったため、いつも街中を徘徊していた。

ツネダは非常に物知りだった。
「セミって何週間生きるか知ってるかい?」
「え、10年くらいかしら?」
「ははっ。まさか。たかが十日間なんだ。一夏の命。やたら叫んで床にポトリでさ。切ないもんだ」
「え? そうなのですね。儚くも強気な生き物なのですね」
「後先考えず、一日、一日を全力で鳴き叫び果てていく・・・・・・人間は何十年も生きて行けるという、勝手な信頼があるから。なかなか一日を全力にとはいかないもんだよね」

晶子はキュンとした。
「僕は思うんです。平均とか一般的とか統計とか嫌いで。わかりますか?」
「なんだか分かります」

「どんな生き物だってそうです。平均や統計を取るからそういうぼくたちは生き物なんだって勝手な解釈が生まれて。急に数日後に死ぬってわかったら焦りますよね。だけどそれはあと何十年も生きて行けるという確信があるからで。誰もその生き物の寿命を知らなかったら、きっと、また違う生き方をしていると思うんです」

「ステキな考えですね。でも、ツネダさん。私は逆で寿命を知れているからこそ、ゆっくり時間をかけられることがあったり、タイミングをうかがったりできることもあるのかなと。だから私はこの人生も好きです。特にツネダさんとの出会いは、私以外だったら出来ていなかったと思うと。初めて自分が自分でよかったと思いました」

ツネダはフッと笑い空を見上げた。
「あ、なんだか失礼なこと言ってしまいまして申し訳ありません」
晶子は謝った。

「いえいえ、謝らないでください。晶子さんの言う通りですね。寿命が分かってるからこそできることもありますものね」
ツネダはいつも、人の意見を優しく理解してくれた。

自分の意見は常に持っていたが、決して晶子の意見を否定的にすることはなかった。
そんな芯の強さと、振りまく優しさを晶子は余計に好きになっていた。

二人の仲は階段を駆け上がるように進んでいった。
毎日会うことはなかったが、その分週に2、3回会う日は朝から夕日を見るまで街を徘徊しながら語り合った。

二人のもうあともどりできない迫力的な髪の毛はどちらも注意することなく、放置されていた。
近所では、頭上爆発カップルとささやかに呼ばれていた。
ふたりは内面に夢中で髪の毛を気にする暇はなかったのだ。

晶子は毎回手紙をツネダに渡していたためある日こんな質問をされた。
「晶子さん先日もお手紙ありがとうございました。またまた胸に響きました。最後の夕日を見ないなんて風で回らない風車のようだ。って文が魅力的でした」
「え。ありがとうございます。なんだか夕日を見ないって自然に逆らう人間くらいな気がして。つい」

「晶子さんはもししてるなら、一体どんなお仕事をしているのですか?」
「私・・・・・・作家でして。まぁ自分で言うのも恥ずかしいですが。年に1、2回フリーペーパーからお電話があるので、その時のために根強く書いてまして」
「あ、作家さんだったんですか。僕も実は詩を書く仕事をしてましてね。晶子さんは準備万端な方なんですね。思った通りだ。筋が通ってる」

「ツネダさん。詩を書かれるなんてどうりでよく空を見上げるわけですね。どんな所で書いているのですか?」
「僕はちょっとした掲示板に。まだまだ毎日オーディションのつもりです」
「いつかちゃんとした本で読みたいです」
「ありがとうございます」

ふたりはやっと仕事についてかたることができたが、驚くほど似たレベルで戦うお互いに余計に親近感が湧いた。

そんなある日。
ツネダは一人で川沿いを散歩していた。

ツネダの鳥小屋頭はまた大きさをましたようだ。
収入がなくご飯もろくに食べていないその体は木の枝並みの細さであった。

川沿いでペンと紙を持ち詩の発明に没頭していた。

何の気なしに紙に目を落とした瞬間だった。

バサバサバサバサバサッ!!!

「うぉぉぉ!」

ツネダのきいたこともない素っ頓狂な声を荒げた。
なんと、イヌワシにこんがらがり頭が獲物だと思い一瞬の隙にツネダはさらわれたのだった。

イヌワシは、晶子の住む街に大量発生しており大問題となっていた。
テレビも新聞もないツネダからしたら情報遅れもはなはだしかった。
周りには人もおらず、助けを呼ぶ人すらいなかった。

最強のイヌワシはツネダをしっかり押さえたまま、遠くに行ってしまった。

静まり返った川辺。

夕日に染まり髪はオレンジ色になってゆく。

何も知らない晶子。

日は暮れ次の日になった。

晶子はいつものように、ツネダの家にいきドアをノックした。
「ツネダさーん? 晶子です」

だが、返事はない。

「あら。何してるのかしら」
留守だったことは一度もなかったツネダだったため晶子は心配になった。

町を練りに練り歩き、ツネダを探した。

ツネダはどこにもいなかった。

そしてまた太陽がオレンジ色になってゆく。

晶子はあの、ツネダがイヌワシにさらわれた川沿いにいた。

「ツネダさん。どこに・・・・・・
そのとき、道にオレンジ色に照らされた紙とペンを見つけた。
晶子はかけ近寄り、拾いあげた。
「これって。もしかして」

紙をみるとそこには大量の詩が書かれていた。
晶子は隅々まで読むと、ひとつの文をみつけた。

『晶子 女性を愛した こんなにもくるしい
心臓が動いている音を初めてきいた気がした
美しく 整列された 鼓動だ 晶子を思うたびに
新しい自分に出会える』

晶子は字をなぞりながら、一滴、また一滴と涙がこぼれた。
「ツネダさん・・・・・・こんなステキな言葉を」
晶子は嬉しくてたまらなかった。

涙を拭こうとした瞬間だった。

バサバサバサバサバサッ!!

「きゃぁ!!!」

ツネダをさらったイヌワシが晶子めがけてまた爆発的な髪の毛を狙ってやってきた。

「やめてっ! いたいっやめなさいっ」
晶子は必死で手で追い払うが、イヌワシは圧倒的な力でこんがり髪に爪をむき出した。
そしてあっという間に、晶子はさらわれてしまった。

また、川辺には静まり返った環境だけが残る。

そして、二人は連続して同じ場所でイヌワシにさらわれてしまったのだ。

近所ではたちまち二人が消えたと噂が広がった。
ただでさえ、二人とも暗く枯葉で覆われた家だったが、余計にどんよりして見えた。

二人は謎な失踪を遂げたと思われ、近所の人からもなんの捜索願いも出されず、噂だけがただひたすら広がっていった。
二人は座敷わらしだったのではないかや、ドッペルゲンガーで会ってしまったから消えてしまったんではないかや、二人して駆け落ちしたのではないかなど、二人の噂はさまざまだった。

のちに街は髪の毛のこんがらがる事を禁止令とした法律さえ作った。

その名は、みだれ髪禁止法。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 情熱の歌人、与謝野晶子(1878~1942)の最初の歌集です。全6章にわたり399首を収めていますが、その多くは若い女性の恋愛感情を大胆に、そして素直に詠んだ作品です。

 やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

 当時、晶子は後に伴侶となる与謝野鉄幹(1873~1935)との恋愛の最中にありました(初版は本名の鳳晶子名で上梓)。ただし、鉄幹は妻子持ち。近代短歌史で重要な役割を果たした文芸誌「明星」の主宰者と、その同人で若く才ある女性との不倫は、文壇の大スキャンダルとなりました。未婚女性はつつましくあるべし、との風潮が現在より格段に強かった時代、いわば禁断の恋を堂々と宣言するかのような歌集は多くの人の眉をひそませるに十分なものだったのです。とはいえ、若い世代はこの新鮮な歌集を受け入れました。題名の入ったこの一首など、いま読んでも新鮮な歌が並んでいます。

 くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる