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「原子力における哲学」書評 人間存在の根源へ向かう思考

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2019年10月26日
原子力時代における哲学 (犀の教室) 著者:國分功一郎 出版社:晶文社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784794970398
発売⽇: 2019/09/25
サイズ: 19cm/317p

原子力時代における哲学 [著]國分功一郎

 原子力事故を公害として扱いにくいのは、それが政治的に守られていることの他にも、放射能の拡散が一定でなく、人体への影響もまた確率でしか表せないことにもあるはずで、この世界のとらえにくさは科学だけで記述すべきではないのかもしれないと私自身考えてきた。だが、ではどうすればいいのか。何年経ってもいっこうにわからない。
 そこに本書が出た。気鋭の哲学者・國分功一郎による根本的で誠実でアクチュアルな思考の講義がもとになっている。まず著者は、反核の哲学者は多く見受けられても反原発のそれは希少だと言う。なるほど!
 そこで1950年代の思想に遡る著者は、まずハンナ・アレントに触れたのち、ハイデッガーの思想を丁寧に紹介していく。特に後者が講演で述べている〝途方もないエネルギーが――戦争行為によらずとも――突如としてどこかある箇所で檻を破って脱出し、いわば「出奔」し、一切を壊滅に陥れる〟という言葉は、まるで今の日本の描写だ。
 ではハイデッガーはこの危機にどう立ち向かおうとしたのか。著者は彼と共にギリシャ哲学を経巡る。なぜなら脱原発を成し遂げるには、むろん政治的手段への関与が肝要ながら、同時にそこに哲学的な立場も求められなければ我々はまた未来を選び違えてしまうかもしれないからだ。
 こうしていかに回りくどくても、思考は人間存在の根源へと向けられ、やがて決して単純ではない結論へと及んでいく。その過程で、のちに著者が分け入ることになる中動態(「かつてのインドヨーロッパ語に遍く存在した文法カテゴリー」)の概念が現れるあたりはスリリングだ。
 著者は哲学を現実から引き離さない。と同時に政治に埋没させることもない。それはあとがきで「脱原発を目指しつつも脱原発の教説(ドグマ)の提示を避ける」と書かれる通りだ。哲学には哲学の仕事がある、ということだろう。その矜持やよし。
    ◇
こくぶん・こういちろう 1974年生まれ。東工大教授(哲学・現代思想)。『スピノザの方法』『中動態の世界』など。