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深夜に思い浮かぶ顔 湊かなえ

 2017年1月から始まった「47都道府県サイン会ツアー」が、今年9月に無事終了しました。

 小説家は孤独です。特に深夜に執筆していると、こんな時間まで仕事をしているのは、この世で自分一人だけなのではないか、とまで思ってしまいます。

 こんなにしんどい思いをして書いたところで、読んでくれる人がいるのだろうか。もうやめたい……。そんな負のサイクルに陥ることがしょっちゅうありました。これを断ち切るにはどうすればよいか。

 読者の方々に会いに行こう。

 他にも様々な思いがあったはずですが、今、この気持ちが一番に出てくるのは、深夜の執筆時、しんどくなったら、サイン会に来てくださった方々の顔が思い浮かぶようになったからです。今夜はどの県に思いを馳(は)せようかと、書く前に、意識をして読者の方々を思い返すこともあります。作品の感想、読書への思い、作品を読んだきっかけ、そして、作品を通じての出会い。私の作品がきっかけでご結婚された方もいらっしゃいました。うーん、それだけでも小説家になってよかった。よし、書こう。そんなふうに気分を高めて、執筆に取り組んでいます。

 テレビのニュースなどでふと、県名が聞こえてくると、その県のサイン会に来てくださった方々の顔が思い浮かびます。台風などの災害のニュースでは、皆さん大丈夫だろうかとご無事を祈り、義援金など、自分にできることはないだろうかと考えます。どこの都道府県であっても、見知らぬ場所ではなくなりました。同じ思いが、自分が訪れた外国に対してもあります。

 時間、お金、環境、様々な制約があるのは承知のうえで、旅をする人が増えたら、世の中はもっと、他人を思いやれる社会になるのではないか、などと考えています。

 サイン会に来てくださった皆様、ありがとうございました。今回は来られなかった方々、近いうちにどこかでお会いしましょう。=朝日新聞2019年10月30日掲載