この夏は酷暑と多忙が重なり、あまり料理をする気になれなかった。とはいえ食べないわけにいかないので、コンロの火は最低限にし、麺類はすべて素麺(そうめん)。電子レンジやオーブンを駆使し、いかに涼しく料理をするかに腐心したが、それでいざ夏が去ると、色々な心残りが出てくるから困る。大好きなズッキーニは、思う存分食べたか。ラタトゥイユはもう二、三回作ってもよかったのでは。ゴーヤチャンプルーは、とうもろこしのスープは、夏野菜好きの私は来夏まで我慢出来るだろうか。
真夏、あれほど廉価かつ容易に手に入る夏野菜たちは、灼熱(しゃくねつ)の陽が去ると瞬く間に売場(うりば)から姿を消す。例年なら笑って見送るその逃げ足の早さが、なまじ料理をサボったせいで恨めしい。……などと思っていた折、近所の野菜直販所で人の頭ほども大きな冬瓜(とうがん)を見つけた。透明な果肉と淡い味が特徴の冬瓜は、夏の煮物には欠かせない。夏が旬なのに「冬瓜」という理由は、冷暗所に置けば冬まで保存できるためという。
これだ。これこそ私にうってつけ。せっかくだから夏の味が恋しい真冬まで取っておき、思う存分楽しもう。そう決意し、大きな瓜(うり)を抱えていそいそと帰ったが、身近な人々にこのことを話すと、皆、本当に冬まで保つかと首をひねる。
「昔の家は寒かったから野菜も保管しやすかっただろうけどねえ」
「仮に食べられても、真夏同様に美味(おい)しいかは分からないよね」
確かに真冬、嬉々(きき)として切った冬瓜が食べられない状態だったなら、どれほど落胆するだろう。ならば確実に美味しい今のうちに料理すべきかもしれないが、せっかく夏の味のタイムカプセルにと買った冬瓜だ。いま食べては、ただの季節外れの味覚で終わってしまう。
真冬まであと数か月。タイムカプセルにも食材にも――もしかしたらその他の何かになる可能性すら秘めた瓜を、私は台所に立つたび眼の隅に捉え、さてどうしたものかと悩んでいる。=朝日新聞2019年11月6日掲載
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